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伝説の味


 ヨルがやっと帰った。


「つかれた〜〜ぁああ!」


「お疲れ様」


 リンゼちゃんの労いの声を聞きながら、ようやく私は、愛しのベッド様に受け止めてもらう権利を得たのだと実感した。


 ベッドへの豪快なダイブ。


 何回経験しても、イイ。実にイイ。


 はふう、と大きな溜め息を吐いて、頭の中に蜘蛛の巣のようにまとわりついていたモヤモヤとした気分を吐き出せば、ようやく心身から力が抜けていくのを感じられた。


 ……いやあ、疲れたね。とってもとっても疲れたね。


 部屋で安らげるってなんて幸せなことなんだろう。

 普段は当たり前のように享受しているその幸運の、なんと尊いことか。


 このまま幸福に身を委ねていたいところではあるんだけど、生憎と私には、まだまだやらねばならぬ事があるからね。残念ながら、休憩は後回しなんだ。


 ――そう、これでやっと落ち着いて考えられる。


 ブラッドメイプルの活用法を、じっくりとっくりと考えられるのだ!!!




 ――超貴重な甘味料、ブラッドメイプル。


 存在が定かではないとまで世に謳われた伝説の逸品が、今、私の手元にはある。


 ……これをどう使うべきか。


 基本はメイプルシロップと同じでいいと思う。噂話の通りなら、それだけで感動する味に出会えること間違いなしのド定番。


 …………でも、ほら、ねぇ?

 万が一うわさが間違っていて、特定のお菓子には合わなかったりするかもしれないから、一応ね? 私だけは味見しておくべきだと思うんだけど……。


 ちらりとリンゼちゃんの様子を窺う。


 リンゼちゃんは椅子に座り、傍らにはカッブを置いて、とても優雅に本など読んでいらっしゃった。メイド服着てなかったら完全にお嬢様だね。


 ――ってちょっと待て。嘘? あれってアンジェに描かせた漫画の製本版じゃない? うっそ、なんでそんなものが存在してるの?


 あっ、分かったアネットでしょ。メイドたちが漫画読んでるの知って首突っ込んだんだなきっと。あの子本当にお金になりそうなものには抜け目がないなー!


 ――って違う。製本された漫画はとても気になるけど、今はそうじゃなくて。


 リンゼちゃんの目がない今のうちに、ブラッドメイプルの味見を済ませてしまおうね。


 アイテムボックスから市販の爪楊枝を取り出して、いざ、ブラッドメイプルの蓋を……!


「…………」


「…………」


「…………」


 ………………あの、フェルさんや。エッテさんや。そんなに身を乗り出されると蓋が開けられないっていうか、開けた瞬間奪われそうで警戒せざるを得ないのですが。


 あとね、おひげがくすぐったいです。ちょっと下がって。


「分かった、話し合おう。味見はそれぞれ、爪楊枝に着いた分だけ。おーけー?」


「キュッ」


「キュイッ」


 いい返事だね。気合いがめっちゃ伝わってくる、とても良いお返事ですね。


 アイテムボックスから新たな爪楊枝を二本取り出し、今度こそ準備は完了。


 蓋を開けた瞬間、魔法で強化された嗅覚にはぶわりと甘い芳香が波濤のように襲いかかってきたが、意志の力で正気を保ち。爪楊枝を一本差し込み、持ち上げた。


「はい、エッテの分」


「キュイ!」


「キュッ!?」


 恭しく受け取るエッテとは対照的に、先に貰えると思い込んでいたのか、手まで出して待ち構えていたフェルが素っ頓狂な声を上げたが、この順番は別にショックを受けるフェルが見たくて意地悪でこうした訳では無い。あくまで必要な措置だったんだ。


 二匹とも等しく、とても良い子であることに疑いは無いけど、魔が差すということはあるかもしれない。


 もしも食い意地の張ったフェルに先に渡して、その後ブラッドメイプルに魅了されたフェルがエッテからブラッドメイプル付き爪楊枝を奪い去るなんてことが起きたりしたら、私はフェルを許すことができなくなると思う。そうならない為に必要な事なんだ。


 だってこれ、本当にめっちゃ良い匂いするんだもん。私の自制心も物凄い勢いで削られてるくらいよ?


 あまりにも口内に唾が溢れすぎて、匂いを嗅いだだけだってのにもう二回も唾飲んじゃった。時間を掛け過ぎると私の理性も飛ぶかもしれない。手早く済まそう。


「はいこれ、フェルの分」


「キュ!!!」


 はやいし、圧がすごい。気合いもすんごい。気持ちは分かるけど、ちょっと落ち着け。


 あと先に味見したエッテがか細い声で「キュィ〜……」って鳴いて固まってるのがやたら気になる。


 それはなんなの、なんの表現なの?

 感動してるの? 打ち震えてるの? 美味し過ぎてほっぺたが落ちたの? それとも魂が抜けてる真っ最中なの??


 フェルまでもが続けて「キュウ〜……」と気絶する時みたいな鳴き声を上げるのを視界に入れながら、遂に私も、自分の分の爪楊枝をブラッドメイプルを漬け、持ち上げ、…………舐めた。


「!!! 〜〜ッ!!」


 血? 血だね? 身体中の血液が歓喜で暴れ回っているね?


 芳醇な香り。滑らかな舌触り。

 森の息吹を感じさせる生命力に満ちた力強さで自然界に存在する全ての甘味を凝縮したみたいなこのそのなんだ複雑で真っ直ぐで清涼で濃厚な美味くて甘くて幸福な悦楽の感動をどうもありがとうと全身が感謝に沸き立つ感じが!! 味とかテイストとかなんかもうよくわかんないけど、ブラッドメイプルは間違いなく世界最高峰の甘味であると断言できます!!!


「あっ、仕舞わなきゃ」


 やばい、一瞬意識飛んでたわ。


 これすごい。やばい。やばいしか言えなくなるくらいやばい。まじやばい。


 美味し過ぎて、他のお菓子食べられなくなるわ。


ヨルが帰った直後のソフィアさんの心境。


「よし、ヨルが帰った!ブラッドメイプルに目を付けられなくてホントに良かった!!」


少量しかない貴重品の分配方法に、とても気を遣っていたようです。

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