ヨルの帰還
――すっかり魔法談義に花を咲かせてしまった。
お母様との会話が終わったのは、既に日も傾きかけた時間帯。
部屋に差し込む夕陽の色を見て「そうだ、ブラッドメイプル!!」と失念していた重大事を心の中で叫んだ瞬間、蓄積された疲労も同時に思い出したかのように、突如ふらついた私の身体を、お母様が気遣ってくださったのだ。
「引き止めて悪かったわね。部屋に戻って、夕食の時間まで少しの間だけでも休んでいなさい」
その言葉に甘える形で、私は楽しい会話を切り上げ、部屋を辞去したのだった。
……とはいえ。
実際には「気遣ってくださった」とか「甘える形で」なんてものじゃなかった。そんな都合の良い印象は、悔しさから少しでも目を逸らそうとする、私の弱い心が生んだ幻想に過ぎない。
卑屈に染まった心から目を逸らさずにまっすぐ見れば、お母様の私に対するあの対応は、いっそ爽快なくらいに紛れもない――勝ち逃げに他ならなかったのだから。
――声の転送ではなく、声の保存と解放。
お母様が新たに生み出した魔法を、私が真似をしようとして失敗する度に、お母様は大層ご満悦の様子で「ソフィアにも出来ない事はあるのですね」なんて無駄に煽ってくるものだから、後半は割りと本気で取り組んだのだけど。
結局声の保存というのがどーしても再現できなくて、最終的には「今日中には無理でも、いつかはお母様のを超える魔法を絶対創ってみせますから!」と完全なる負け惜しみを言い捨てる、惨めな敗北者と成り果てる羽目になったのだった。
あの時のお母様の勝ち誇った顔といったら!! 見たこともない良ーい笑顔浮かべちゃってぇ! ぐぬぬ!
へんだ。いいもんいいもん。
お母様の代名詞でもある《無言》の魔法から着想を得て《遮音結界》を創った時のように、またお母様をしょんぼりへにょんと凹ませちゃうんだからいいもん。今は好きなだけ勝ち誇っているがいいさ。
要は同じ音を出せればいいんだから、必ずしも発した声をそのまま保存する必要はないんでしょ。ボイスレコーダーを魔法で再現すれば良いんでしょう!
音のデータを録って、それを再生……。ええと、声をデータに変換する魔法と、それから……。
頭の中で《仮魔法・ボイスレコーダー》の理論を組み立ながら、ゆっくりと実証実験を繰り返そうと部屋に戻れば、そこには予期せぬ来客がいた。
「おかえりなさい。遅かったわね」
……ヨルだ。女神様だ。
一度消滅して復活したらしいヨルが、記憶の大部分を失ったとか言ってたくせに、依然とまるで変わらない悠然とした姿で私の部屋に居座っていた。
リンゼちゃんを向かい側に座らせ、我が物顔でお菓子を食むその動作まで全く一緒。
思わず変な笑いが零れてしまった。
「なんでいるのォ……?」
「え? ……あなたが私に会いたがっていたと聞いたのだけど?」
聞いた? 誰に? ……って、リンゼちゃんしかいないか。ヨルと連絡取れる人なんか他にいないし。
しかし、私がヨルにわざわざ会いたがる理由なんて……、……まあ、無事に帰ってきたらいいなあ、とは、考えてはいたけどさ……。
あ、でもそっか。ここにいるってことは無事だったってことだよね。良かった、気に障っただけでヨルを消しちゃうような危険な存在はいなかったんだ! それは朗報だね!
「うん、そーだった会いたかった。ってゆーか、思ったよりも大分早かったね。結局何も見つからなかったとか?」
半ば期待を込めて発した問いは、無情にも一蹴された。
「いいえ、居たわよ。この世界の創造主が。……考えてみれば、私はこの世界を創り出してはいないんだもの。そんな存在がいるのも当然よね」
…………ホントにいたのか、創造主的存在。
っていうか、それは神様的には普通のことなの? 世界って誰かが創らないと存在しないの? そーゆーもんなの? 常識なの??
まあそんな存在と会って無事に帰ってこれたのなら良かったんじゃないかな。私としては、今更神様が一人や二人増えた程度で大した違いがある訳でもないし。
いくらこの世界では神様が多少身近な存在とはいえ、神様なんて本来、普通に生活してたら関わりのないものだよね。シンやヨルにしたって、私と出会う前は百年近く前にしか地上には降りて来た記録はなかったみたいだし。むしろ女神の分体が普通に生活してる今が特別異常な事態と言える。
原因の一端は私にあるみたいだけど、神様の気紛れになんていちいち気を使ってられないもんね。「気になったから」なんて理由で押し掛けてくるのを未然に防げるはずもない。まあ美幼女が押し掛けてくるのを拒む理由なんか無いけどさ。
「そっか……。それで、ヨルはこれからどうするの? まさか、その創造主に復讐を……とか考えてないよね?」
「生みの親に勝てるわけないでしょ」
生みの親? っていうか、勝てたら挑む可能性ありそうな言い方やめよう? なんで私の周りはこう好戦的な人が多いんだか。
しかし、そうか、生みの親……。
ヨルの親ってことはリンゼちゃんの祖父みたいなもん? いや、祖母かな? どっちだろ。
はー、いやしかし、リンゼちゃんがまさか孫に該当する存在だったとは。それならこんなに可愛いのも納得だね。
神様家族の団欒の中で、祖父母神様にかいぐりかいぐりされるリンゼちゃん。
うーむ……ありだね!!
「……ソフィアって男性の視線によく文句を言っているのに、私にも同じような視線を向けてくるわよね」
「向けてないよ!?とんだ言い掛かりだ!!」
リンゼちゃんを見てたら怒られました。




