お母様は新しい魔法を覚えた
新しい魔道具は作れるのに、新しい魔法は一人につきひとつしか作れない。
そんな道理があるはず無かった。
――けれど、もしも本当にそんなルールがあったとしたら?
――女神にも理解の及んでいない、この世の理があるとしたら?
そんな疑念を一切持たず、ただ只管に二つ目の魔法を生み出せると信じ続けた結果が、今のお母様ということなのだろう。
世界の枠組みから外れた私ではなく。
純粋なこの世界の住人であるお母様がそれを成すことにこそ意味があった。
……まあ、女神と直接対話してあらかじめ可能性を示唆されてたってのは、私ほどではなくても十分に特殊な状況だろうけどさ……。
ともかく。
「お母様、おめでとうございます。遠距離の魔力を操作するのは本来、とても難しいはずなのに……この魔法は凄いですね!」
お母様の用事は十中八九このお披露目。ならば機嫌の良いうちに褒めまくるに限る。
とはいえ、あまりに言いすぎては逆効果になるかもしれない。
無邪気にはしゃぐのをはしたない事だと感じるお母様の性格も考慮して、声の調子だけで「お母様ってすごいお母様は本当にすごい流石は私のお母様ねお母様ってばさいこう!」という感情をできるだけ表現してみたのだが、これは中々上手くできたのではないだろうか。
お母様が相手だし、見破られる可能性も高そうだけど……
「ありがとう、ソフィアならこの魔法を正しく評価してくれると信じていたわ」
あ、大丈夫っぽい。思ったよりも大分満足そうにしてる。これは予想外の大成功ですね。私グッジョブ。
ていうか、この言い方ってさ。一度誰かに理解されなかった時の言い方だよね。誰かって言ってもお母様の魔法を手放しで褒めない相手なんて、我が家ではお父様くらいしか思い当たらないけど。
お父様ってこういう時、すごく褒めてくれるしすごく驚いてもくれるんだけど、結構な確率で余計な一言が出ちゃうんだよね。それさえ無ければホント、お披露目するには絶好の人物だと思うのだけど。
前半で止めていてくれればと我が家の女性陣は何度願ったか知れない。
が、お父様の悪癖は未だに直っていないようだ。
「もちろんです。良ければもう一度発動するところから見せて貰えませんか?」
「ええ、構いませんよ」
その一言の後、お母様はお茶目にも口元に人差し指を当て、その状態で何やら口パクで話し始めた。
ん、これは、えーと……。
――「どうです、中々のものでしょう」?
口の動きから言葉を読み取るのと同時、お母様が口に当てていた指でついっと私を指さした。まるで投げキッスのようなその動作に、迂闊にも少しトキメキを覚えてしまった。
……あー。お母様って、黙ってれば実はものすごく美人なんだよね。
まあ怒ってても美人だし、黙ってたら絶対、怒ってる時以上に怖いんだけどさ。
「どうです、中々のものでしょう?」
とか思ってる間に、飛んできた魔力が私の肩に着弾。
弾けた魔力から溢れ出るようにしてお母様の声が至近距離から聞こえてきた。なるほど。
「ええ、実に面白い発想です。魔力の供給を極限まで減らした《無言》に言葉を閉じ込め、相手の傍で解放する。これなら確かに遠隔で魔力を操作するの必要はありませんし、必要な魔力量も抑えられる。素晴らしい魔法かと」
魔力視から得られた情報から鑑みるに、この魔法は要は《無言》の玉だ。《無言弾》と言い換えてもいい。
音の振動を吸収し、消し去ってしまうはずの《無言》の特性を変え、私の使う《遮音結界》のような魔法で包み……いや、それだと音が持続しないか。他にも工夫が、なにか……。
「たった一度見せただけでそこまで看破してみせるソフィアに褒められると、悪い気はしませんね」
あっと、いけない。つい癖が。
好奇心さんがにょっきりと顔を出すのは止められないけど、この魔法の全貌を解明したところで誰も幸せにはならない。むしろ不機嫌になったお母様に八つ当たりされて私が不幸になる可能性がとても高い。
だからこの思考はポイしましょうね。
難しいあれこれは、包んで丸めて、頭の外にポーイ!
はい消えた。もう消えた。
お母様の魔法に対する考察が消えれば、残るのはその魔法を生み出したお母様に対する感嘆のみである。
「いえ、だってこれ本当に凄いですよ。この魔法は更なる魔法を生み出す可能性を秘めています。近い将来、この魔法を原型として様々な魔法が生み出される世の中になった時、お母様の名は『現代の魔法の祖を生み出した偉大なる賢者』として世界中の人々が知るところになっているのでしょうね」
「ほ、褒めすぎですよ!」
あ、お母様が慌ててる。あはは、かわいい〜レアだ〜。
でもこれ、別にありえない未来じゃないと思うんだよね。
皆が好きに魔法を生み出せると信じられるようになった時代。
そこではきっと、今では常識外れと呼ばれることに慣れきった私ですら想像もつかないような魔法が溢れかえっていることだろう。
そんな未来が来る可能性を、お母様が生み出した。
……うん。実際にはイタズラくらいにしか使い道を思いつかない魔法だけど。
この魔法が生まれたことで、この世界の歴史は確実に変わった。
それだけの偉業を、お母様は成し遂げたのだ。
「……この魔法を創ろうと思った動機ですか?……それは、ソフィアがいつ何処にいる時にでもすぐに叱れたら良いのにと考えていて――」
「もう結構です」
思い出し叱られの機会は無事、未然に防げたようです。




