伝説の甘味料を手に入れた!!
……お土産、買えなくて良かったかもしれない。
お兄様とお姉様の用意してくれたお土産と比べたら、私が買い損ねた剣なんて「そこら辺で買ってきました」と思われても仕方の無いレベルの品だ。市販のお菓子なんてそれ以上に軽い。
もしも何事もなくお土産を購入し、何も考えずに二人に渡していたらと思うと……。
おおお、恐怖で身体が震えてくる。私の兄姉愛が軽いものだなんて、愛するお兄様とお姉様に誤解されていたかもしれないなんて耐えられない。
その可能性が決して低くはなかったことを思うと、お土産を用意できなかったのは逆に運が良かった。
――ゲンツさん、貴方が頑固で助かりました。
心の中で頑固な武器屋さんにはお礼を言っておいた。
……が、それはそれ。
お土産を用意できなくてよかったが、お土産を用意しなくて良い訳では無い。
貰って嬉しいプレゼントには心から喜ばれるプレゼントで返礼するのが、世の習わしというものである。
家族の愛情はバレンタインなんかとはわけが違う。義理や計算で贈る品の格を決めたりはしない。
ただ、相手を喜ばせることだけを目的に。
家族の笑顔を見るためだけに、私達は贈り物を贈り、贈られ。揃って笑顔で笑い合うのだ。
だから究極的には私がお返しをする必要は無いし、お返しをするにしてもわざわざ贈られたものと同等の価値の物を返さなければならないなんて決まりもない。ないが、やっぱり嬉しかったんだから、その嬉しさを表現できるような物を贈りたい。つまりその、贈られた品に見合う高価なものを。
「はいこれー」「ありがとー。はいお返しー」「さんきゅー」的なだるだる友チョコ交換も決して悪くはないんだけど、高級チョコをドドンと二連続で頂戴した後に「チョコに貴賎はないからねー」なんて言いながらコンビニチョコをお返しするような行いは、私の愛され妹としての沽券に関わる。
だからね、さっきからずっと考えてるのよ。
お兄様の毎月メイプルシロップ権とお姉様の超希少甘味料に見合う、二人が望んでいて、とっても喜んでくれるようなお礼は何かないかなって。
…………でもぜんぜん思いつかないんですよォ!!
そもそもこれ、誕生日レベルの贈り物じゃありませんか!? なんで今くれたんだろういやとっても嬉しいのだけども!!
特に、お姉様の方!
お金を出しても買えない物って、私価値つけるのがホントに苦手で!
大体さ、ブラッドメイプルって言えばあれじゃん。甘味好きの間で存在が噂されてはいるけど誰も見た事がない物の定番のやつじゃん。
伝説の甘味料としてお菓子職人の誰もが夢見る材料だけども、その実物を見たことがある者は存在せず、遂には「妄想の産物なのではないか」「あるいは既に入手する手段が失われているのでは」なんて、面白おかしい与太話として語られてるやつじゃないですか。私だって軽い気持ちで話を振ったアーサー君に「一度だけ、それを使ったっていうおやつを食べたことがあるぞ。あれは絶品だった……」と蕩けた顔を見せつけられるまで、本当に実在するものだなんて思ってもみなかったわけだし。
王子様であるアーサー君があの味をもう一度とどれだけ求めても「あれは欲しいからと簡単に手に入れられるようなものではないのです」と王妃様に断られ続けたという、王家ですら入手困難な幻の品。
私が王妃様の所へ直接出向いて「どうしてもブラッドメイプルが欲しいんですぅ。アーサー君の教師役でも魔法開発の奴隷でもなんでもしますから、おねがいくださぁい(ウインクぱちーっ)」とかやったところで、目にすることすら叶わなかっただろう幻の品。
それが今、私の手の中にある……。
この万能感ったらないね。今なら何だって出来ちゃいそうな気がするわ。うふふ。
なんならこのブラッドメイプルを某ご隠居様の印籠の様に翳せば、お母様だって私の前に跪かせることが可能なんじゃないかな。少なくとも私が同じことをやられたら犬の真似くらいまでなら迷うことなく従っちゃう自信がある。こんなの自信をもって言うことでもないけど。
……でも、そうか。ブラッドメイプルを使うというのは、アリかもしれない。
入手できる日が来るなんて夢にも思わなかった幻の甘味料。
その名の通り、血のように赤い液体が詰まったガラスの小瓶は「俺様を使ってこの二人を魅了する……? ……ふ、そんなの造作もないことだぜ」と自信ありげに輝いている……ような気がしないでもない。
なんかブラッドメイプルに被って、変なキャラクターが見える気がするね。
この容れ物が悪いのかな。一見すると香水みたいな、この容器が変な考えを起こさせるのかな。
こんなに綺麗で可愛い容れ物に入ってて、甘い香りまでしてくる(気がする)なんて。これって実は媚薬なんじゃないかなって気がしてくるよね。いや、普通はしてこないかな? してこないかもね。
うん。ちょっと落ち着こう、私。
いくら幻のアイテムを入手したからってちょっと浮かれすぎてる。いつもの平静さを取り戻すんだ。
落ち着いて、ゆっくりと、この貴重品の使い道を考えなくては――。
「どうやら私の勝ちみたいね!」
「別に勝負していた訳では無いんだけどね……」
ソフィアが己の思考に没頭していた頃。
弟相手に、アリシアが高らかに勝ち誇っていた。




