山賊砦で寝よう
夜。
森の上空を密やかに往くは世にも奇妙な空飛ぶ荷車。
「そろそろ見えてくるはずです」
乗員の一人であるお母様の声に、空の警戒を弛めて対象物を探す。
眼下に広がる森は魔が潜むに相応しい様相を呈していた。
静寂と暗闇が、ここは人の領域ではないと主張しているかのようだ。
進路をそのままにしばらく進むと、闇の隙間に灯る光が見えた。
夜に灯る光は人の生活圏の象徴だ。
知らず緊張していた心身が緩んだのが分かる。
「ソフィア、大丈夫ですか? 眠くはありませんか?」
「まだ大丈夫です」
私の姿が見えないのに眠たくなってるのを当ててくるんだから、お母様はすごいね。
でも自覚あるくらいだから傍から見ても何かしら変化はあるんだろうな。
口数が少ないとか、あとは、あー……。うん、やっぱり眠たいや。
さっきの村ではしゃぎすぎたかもしれない。
私が寝ちゃうとみんなお陀仏だから気をつけないと。
んっ! と伸びをして気合を入れ直す。
元のサイズに戻ったフェルとエッテが動きに反応してじゃれてくるのに構って眠気を誤魔化した。
光を目指して進めば光の元にたどり着くのは道理である。
その建物は、例えるならお城の一部。
石造りで、なんだか物々しくて、どこかで見たことがあるような。
ってぶっちゃけ、いつかの山賊砦さんではないですか?
ここは、陽気ゴリ押し山賊娘のレニーちゃんがいるあの山賊砦様ではありませんか?
「ここですよね?」
「ええ。ソフィアが以前お世話にもなった『山熊猫』さんの拠点です」
なんだっけそれ、パンダ?
とにかく記憶にある建物で間違いないらしい。
あの人たちにはちょっぴり苦手意識がある。
いい人達なんだけどこっちのペースで話させてくれないというか、完全に呑まれちゃって気疲れするというか、勢いがすごくて辟易するというか。
でもさすがに夜まで元気ってことはないでしょ。
――その思考はフラグだって知ってたはずなのにね。
「これはこれは! すぐ頭を呼んできますんでどうぞ中でお待ち下せい!」
これこれ。
山賊という神職でありながらこの下っ端口調よ。もうわけがわからないよ、と思考を放棄したくなるこの感じ。
「ソフィアちゃんだー! ソフィアちゃんだよね!? ひっさしぶりー! ねえねえボクのこと覚えてる? 大きくなったねえ! こんな夜遅くにどうしたの? ま、いーか。ほら早く入って入って!」
思考したかったら一秒以内でしてね、と言わんばかりのマシンガントーク。
返事があってもなくても話が進んじゃうこの感じ。
ほーんと、ひっさしっぶりー。
「喧しくてすまない」
「いや、突然の要請を受けてくれて感謝する」
お頭さんとお父様の大人な会話が唯一の清涼剤だよ。
でも私は知っている。
レニーの父親だけあってお頭さんは割とお茶目だってことを。
「父さんひどい!」
「うるさい。早く寝所の用意でもしてこい」
お頭さんに痛そうなゲンコツを貰ったレニーがぶーぶー言いながら私の手を握ってくるんだけど、もうね、話の流れが見えない。
体は立派に成長したレニーだけど、中身は昔会ったまま変わってないみたいだ。
「じゃ、行こっか!」
「え、え?」
この子の思考回路どうなってんの?
おかしいよね? 私山賊ファミリーじゃないし寝所用意される側であって貴族だしお客さんだしそもそも数年前に一回会ったことがあるだけの関係なのに親しすぎる!
お母様助けて!
「詳しい話は明日に回すとして。今日はこちらの――」
ダメだ、完全に仕事モード入ってて一瞥すらしてくれない。
お頭さんと、お父様とお母様。三人で大事な話してますよーって空気で、もう元気ハツラツなレニーを引き連れて嘴突っ込める雰囲気じゃない。
「ほらほら、リンゴジュースあるよ! そうだ、今日一緒に寝ない!? 話したいこといっぱいあるしー」
し……仕方ない。大変不本意だけど、ソフィアはみんなが円滑にお話し合いをするための生贄となりましょう。
そんなこんなで結局、レニーと一緒のベッドで寝ることになった。
つかでかいな、胸部装甲。あれから何年だっけ? 成長率すっご。
魅惑の膨らみに癒し効果があったかは定かじゃないけど、安眠できました。
ふかふか〜




