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失われた名物


 私ね、思うんだ。


 この世界の人々は優しすぎる。もっと自分たちを優先してもいいんじゃないかなって。



 神殿騎士団メンバー全員揃っての昼食の際、給仕のお姉さんからこの街の名物について聞いていた私が思ったのは、そんな、忘れかけていたこの世界の常識だった。


「いくらなんでも落ち込みすぎだろ」


「そうよソフィア。元気出して?」


 カイルの言葉も、お姉様の慰めも、私の気分を上向かせる燃料にはならない。


 元気。元気ですか。元気を出すには甘いものを食べるのが一番ですよね。


 先程聞いた、この街の名物「切り株パンケーキ」。


 中にも外にも甘々のメイプルシロップをたっぷりと使用したそのお菓子の美味しさを、給仕のお姉さんがそれはもう、幸せそうな顔で話すものだから、てっきりこの後そのお菓子を食べられるものだと信じて疑っていなかったのに。


「残念だね……」


「そうね。ソフィアじゃないけれど、あまりに美味しそうに話してたから。私もすっかりその気分になっちゃったわよ」


「だよねだよねだよねぇ!!」


「わっ、びっくりした……!」


 ミュラーの言葉に全力で同意すると、椅子を引いて逃げられた。


 ゴメン。私いま、想像以上に残念な気持ちでいっぱいみたい。


 あれだけ期待感を高める話をしておきながら、その実物が私達に供されない理由。それは当然、私達が今日呼び出された森の魔物が原因だった。


 そもそも、お兄様が言っていたではないか。

「魔物のせいでメイプルシロップが採れなくなっている」と。


 魔物のせいで採取量が激減したメイプルシロップは、この街には卸されない。他の街でのお祭りに使う分などに優先的に回されているという。


 切り株パンケーキの味を知るお姉さん曰く、「私達は普段からいっぱい食べてるんだから、こういう時くらい他の街の人達を優先するのは当然でしょ?」とのこと。


 すごいよね慈愛だよね。私が持ってる聖女の肩書きプレゼントしたい。


 そんな尊い慈愛の心により、森から溢れ出るまでになった大量の魔物たちを見事退治した私達は、メイプルシロップというこの街の名産品にありつけなかった訳である。


 ………………泣ける。むしろちょっと泣いた。


 旅行の醍醐味はその土地特有の食事だと考えている私にとって、この仕打ちはかなーり辛い。旅の目的の主柱を失い、しょんぼりへにょんと萎れてしまうのも当然と言えよう。へにょにょ〜ん。


「二人になっちゃった……」


「そうね、二人になったわね」


 何の話ぃ……? と目を向ければ、食事の前にお兄様と話し、少しだけ気力の回復していた王子様と目が合った。


 おー、元気の無い仲間だねーと思い、へらりと力なく手を振れば、手を振り返すどころか気まずそうに顔を逸らされた。ガーン、ソフィアちゃんショックぅ。


 そうだよね、お菓子が食べられなくて落ち込んでる私なんかと一緒にされたくないよね。王子様はきっと、もっと「王子であるが故の超重い悩みィ!!」みたいなの抱えてるんだもんね。一晩寝たら忘れちゃう私なんかと一緒にしたら迷惑だよね。一人で落ち込んでるから許して。


「で、ソフィアは切り株パンケーキが無いからもう終わり?」


「や、他の食べる」


「結局食べんのかよ」


 うるさいな、いいでしょ別に。労働とご褒美のお菓子は切っても切れない関係なんだよ。


 いそいそとメニューを手に取る私の隣りに、そそくさとお姉様が席を移動してきた。二人でメニューを覗き込む。


「どれを頼むの?」


「うーん……。ちょっと酸味が欲しいので、ベリーを使ったこのどちらかにしようかと……」


 ふーむ、ミックスベリーのチーズケーキ。もしくはジョセフィーヌおばさんの特製ベリータルト、ね……。


 安牌狙いなら前者なんだけど、私、特製って言葉に弱いんだよなぁ……。それに「ジョセフィーヌおばさん」って一文がどうにも気になる……。


 ジョセフィーヌおばさんって、あの奥にいる人でしょ? 調理してる旦那さんに激飛ばしてる苛烈な女性のことだよね?


 料理が上手そうな見た目はしてるけど、ジョセフィーヌって本名、なのか……? いや名前くらい、好きに名乗ればいいけどさ……。


 本筋から外れた部分で、どう判断するべきか迷っていると。


「なら二つ頼めばいいじゃない。それで半分こしましょうよ」


「それもそうですね」


 お姉様の一言であっさり解決。

 やっぱり迷った時は、両方買うのが正解だよね!


「………………」


 そんな結論を出した私を見つめ、物言いたげな男が一人。


 カイルの瞳は言っている。「お前……太るぞ?」と。

 お兄様やお姉様に責められないようにか言葉にはしていないけど、間違いなく、この上なく雄弁に語っている! 私に喧嘩を売っている!!!


 だから私も視線だけで言い返してやった。「カイルよりいっぱい魔物倒したから太らないんだ、ごめんね?」と。


 片眉を上げるカイル。にっこりと微笑みかける私。


 見守る周囲の視線には気付かないまま、私達は注文した料理が届くまでの間、視線での応酬を重ねていた。



 ……ちなみに、ジョセフィーヌというのは本名らしい。美しく気品に溢れた良いお名前ですね。


切り株パンケーキが食べられないと知った時のソフィアの顔は、魔物の群れに襲われた時とは比べ物にならないくらいの悲壮感に満ちていたらしい。

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