詐欺師じゃないです
物事の発生には、必ず何らかの事由が存在する。
そしてそれは大抵の場合、「巻き込まれた」と思っている側の過去の行動によって生じているのだと、私は学んだ。
「あの人、ソフィアにすごく感謝してたわね」
「ソフィア、なにしたの?」
何もしていない。
敢えて言うのなら、知り合いに手助けを求められて、ほんの少し手を貸しただけだ。
――そういえばここ、王都とは距離があったね。
頭部装甲が若干薄めの領主様による激しい感謝攻勢から逃れた私がまず初めに思ったのは、そんな当たり前のことだった。
いやね、王都って私が生まれてからずーっと住んでた街じゃん? つまりはそれだけの長い期間、王都に住む住人たちは、私の悪意の影響範囲にいたって訳で。
性悪とまでは言わないけど少しだけ素直じゃなかったり、少しだけ意地悪が好きだったり、みたいな性格の人が普通に見かける程度にはいるんだよね。
私のお母様を見ればよおぉーーく分かると思うけど、私と近ければ近いほど、長い時間いればいただけ、この世界の人々は私のよく知る「普通の人」っぽい反応をするようになる。嫌悪感を示すだとか、他人の言葉を疑うとか。リンゼちゃんの言葉を借りれば「争いの種となりうる」行動をとるようになる。
……で、それって逆に言えばだね。王都の外では、まだまだ心がツルツルピカピカ純粋無垢な大人が山ほどいるってことなんだよね。
見た目とか年齢とか関係なく。
生い立ちや立場すら関係なく。
人を疑うことを知らない、悪意を持つものに見つかれば一瞬にして食い尽くされるであろう羊の群れが、一切の防衛手段も持たずに呑気に平和に暮らしている状態。
そして私は、女神様にまで認められた、この世界で一番の悪意を持つ者でございます。
……知ってる? 犯罪って、バレなければ犯罪じゃあないんだよ?
それにね? 私ってば悪意は人よりあるかもだけど、別に悪人って訳でもないんだよ?
だから私は言いたいのです。声を大にして言いたいのです。
「育毛剤は、魔法の薬ではありません。その効果を確約し救いを与える霊薬などでは決してないのです」と!!!
そりゃあね、喜んでくれるのは嬉しいですよ。アネットやお兄様とちょちょいと作った割りにはちゃんと効果があったみたいで良かったなぁと思ったのは事実ですよ。でもね、感謝が重すぎる!!
「この薬に出会えた幸運に感謝を」まではいいとしても、「この薬にだったら全財産を捧げても後悔はありませんぞ!」はない。流石にない。領主様がそんなこと軽々と言っちゃダメでしょ!? 髪より人生の方が大切でしょーが!!
それに加えて「聖女様の御力が込められた霊薬はやはり効果が――」だとか「知り合いにも勧めてみましたが、皆一様に聖女様への感謝を――」とか、もう聞きたくもない情報がてんこ盛りで参った。なにが「少しだけ伝えたい事が」だ。お兄様が迎えに来てくれなかったら一時間以上拘束されていたに違いない。
てかなんで育毛剤の製作者として【聖女】の名前が広まってるんだろうね。あのアネットが商売の為に利用したとは考えづらいけど、もしかしてってこともあったりするのかな。
何にせよ、精々サプリメント程度の効果しかないはずの薬にこれほど執着している姿を見せられると、何も悪いことしてないはずなのに罪悪感が凄いんですけど。
私は販売には一切関わっていないし、なんなら無関係と言いきっても問題ない程度にしか薬の開発に携わっていないのに、さっきから頭の中で同じ言葉が回り続けている。すなわち、前世で詐欺の常套句にも近かった「画像はイメージです。効果には個人差があります」という文言。この一文を商品に記載する提案をしてしまったら、私は晴れて、詐欺集団の一員になってしまう……。
いやね、冷静に考えれば何も問題はないんだけどさ。
商品があって、お客さんが買って。効果に納得してリピーターになる。その流れ自体に問題は無いはずなんだけど。
………………育毛剤って、儲かるんだね。
心の中で、欲望に忠実な私がにょっきりと頭を出した。
ダメだ、いけない。これ以上考えてはいけない。
幸運の壺や幸せの水でいくらでも稼げそうだなんて、そんなことを考えてはいけないんだー!!!
お金は大切だし、幸せになるのにお金はあればあっただけ良いのだろうけど、いつかの未来に後悔しそうな手段を選んではいけない。
たとえお客さんが事実、幸せな気分になろうとも。
私も記憶を消却すれば、罪悪感を感じずに、誰もが幸せになるハッピーエンドを迎えられそうだとしても、だ。
騙すのはいけない。だって私が気にしちゃうから。
どうせ騙すのだったら、純粋になんでも信じ込んじゃうような相手じゃなくて。カイルみたいに、もっと、こう……。
「……カイル」
「ん、どうした?」
じっ、と真剣な眼差しで見つめてみれば、幼い頃から変わらない、好奇心と純粋さの入り交じった綺麗な瞳が私に向けられていて……。
「頭にでっかい虫がついてる」
「は!? えっ!? どっ、どこだ!?」
慌てふためいて頭を払うカイルを眺め、私は笑う。
「あははっ! うそだよ〜」
「はああ!!?」
うん、これこれ。
私にはやっぱ、この程度の悪さがちょうどいいや。
「あの二人、今日はやたら仲がいいわね」
「そ、そうだね……」
いつもの事と見守る二人の後ろから、二対の瞳が、妹に弄ばれる少年を、じっとりと見定めていた……。




