討伐完了の報告
森を抜けた。
頭上を常に覆っていた枝葉の守りが無くなると、森に入る前には前方に見えていた太陽が、高く頭上へと移動している事に気が付いた。燦々と降り注ぐ陽光が、薄暗闇に慣れた視界を色鮮やかに染めあげる。
「ん〜〜〜っ!」
声がする方を見れば、お姉様が天に拳を突き上げて大きく伸びをしている最中だった。
真似をして身体をぐぐっと大きく伸ばせば、なるほど。意識していなかった疲れが抜けていくような感覚がした。
「みんな、お疲れ様。これから街に報告だけしたら、ソフィアの魔法で帰還するよ。思ったよりも時間が余ったから、街を見て行くこともできるけど……どうする?」
みんなに話しかけるようにしながらも、目線だけはしっかりと私を捉え「どうする?」と問いかけてきたお兄様に、返す言葉は決まっていた。
「見ていきたいです」
「私も!」
間髪入れずに、お姉様から追従の声。少し遅れて、カレンちゃんとミュラーも賛成の声を上げた。
「元気だなお前ら……」
一人だけ、億劫そうに声を上げたのは、わざとらしく疲れた様を装っているカイル。
女の子が楽しげに話しているところに水を差すとか、こいつは本当に常識を知らないな。
「え、カイルは一人で歩いて帰りたいの?」
「脅し文句が酷すぎる……」
失礼な。脅してなんていませんよ。
ただちょっと楽しい気分を害された意趣返しをしただけじゃないの。
方針が決まった私達は、魔物退治で疲れた身体を癒すため、足取りも軽く街へと向かって歩き出した。
……さて。
街へとたどり着いた私達は、早速この街を治める貴族の元へと向かったのだけど、ここでひとつだけ疑問が生じる。
森に入る前にはお兄様だけが連絡しに来たのに、何故帰る時には全員で立ち寄るのか、という疑問だ。
最もその答えは、目の前で報告を聞く人達の反応を見れば明らかだった。
「討伐数が六十八!? たったの六人でか!?」
「なんだこの魔石の数は……!! ひとつの騎士団で持ち帰れる数じゃないぞ!?」
「おいおいおいおい、嘘だろう? 見たところ殆どが新人だろ? それでこの数……嘘だろう?」
そっか。騎士団って普通、未成年が所属するものじゃないから、私たちを成人した正規の騎士たちと勘違いしてるんだね。お兄様ってば、私たちがまだ学院生だって事すら説明してなかっただなんて……うーん、策士だねぇ。
一度は訪れたはずのお兄様が再度報告に来たというのに、案内の人には怪訝な目で見られ、あまつさえ「子供……?」なんて囁かれていた理由がようやく分かった。
きっとお兄様は、事前説明を大幅に省略していたのだろう。
騎士団が到着した事と「これから魔物の討伐を行う」という必要最低限の情報だけを伝え、騎士団の構成なんかは詳しく説明していなかったに違いない。この人達の「こんな話聞いてないぞ!」と言わんばかりの反応を見るに、魔物という脅威を退けに来たのがこんな子供だと知ったら面倒な事になるとでも思ったのかもしれない。
見た目ではどうしても侮られてしまう私達を、確かな成果と共に初めて見せることで、お兄様はこの人たちが「神殿騎士団」という特殊な組織を認めざるを得ない状況を作った、と。そういうことで間違いないと思う。
だってその証拠に、お兄様ってば楽しそうな顔してるもん。他所行きの仮面被ってたって私には分かるよ。
「事前の情報などから勘案するに、これで彼の森に潜んでいた大半の魔物は排除できたことと思います。後は従来通りの対処でも問題ないでしょう。森の外にまで及んでいた魔物による被害は、これで終息を迎えると思いますよ」
にっこりと、万人に好かれるような笑顔を浮かべるお兄様に対し、若干頭髪の密度が頼りない領主様は「……そ、そうですな」と歪な人形のように頷いた。一切瞬きをしない瞳がちょっと怖い。
見るからに思考停止状態に陥った領主様の横で、私達の提示した魔石を検分していた筋肉マッチョの男性が「はあ〜」と呆れるような溜め息を吐いた。この人はこの街で一番偉い騎士団長さんらしい。学院で剣術の授業を受け持つバルクス先生と同じ雰囲気を感じるので、きっと筋肉について語らせたら止まらないんじゃないかな。根拠の無い勘でしかないけど。
「……この短時間で、たったの七人で、これだけの数を討伐したのか?」
疑っているというよりは、呆れているような感じ。
それを分かっているのか、お兄様も穏やかに答えた。
「ええ。ただ彼女は戦闘には参加していませんので、正確には六人で、ですね」
お兄様が手で示すと、お姉様がにこりと笑みを浮かべ優雅に挨拶をした。それを見たマッチョまでもが目をカッ! と見開く。その顔流行ってんの??
「は!? 非戦闘員はそちらの子供ではないのか!?」
「「違います」」
あ、お兄様と被った。思わず顔を見合わせる。お兄様が優しい笑みを浮かべたので、私もふにゃりと表情を崩した。
そっかぁ、なんで六人って言ってるのかと思ってたけど、非戦闘員は除外してたのかぁ、そっかぁ。
私多分、おじさんより強いよ?
自称平和主義の少女は、相手が自分よりも弱そうな場合に限り、その信条を忘却するのだ!!




