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ヒースクリフ視点:本当にキミは


 ――努力とはなんだろうか。努力を続けることに、本当に意味なんてあるのだろうか。そんなことを考えずにはいられない。


 神殿騎士団として初めての正式任務。


 僕はそこで、知識と現実には隔絶した隔たりがあるのだと知った。



『――あの少女は、我らの常識の埒外にあるらしい』



 父上(国王)が仰っていた言葉はどこまでも真実だった。


 彼女の母である【無言の魔女】から上がってきた数々の報告。

 それらには僕も目を通していたけれど、きっとどこかで、御伽噺を読むような気分にでもなっていたのだろう。


 魔女曰く、彼女は虚空から荷物を取り出す。


 曰く、竜より自在に空を飛ぶ。


 曰く、遠く離れた者と会話ができる。


 曰く、曰く、曰く――。


 彼女が「可能」だと記載されている出来事は、そのどれもが稚児の妄想よりも拙い夢物語のような出来事で。


 誰もが一度は思い描き、しかし大人になるにつれて忘れ去っていった夢を、ひたすらに書き連ねた吟遊詩人の覚え書きのようだとすら思った。


 けれど、彼女のことだ。魔法の才が傑出している彼女のことだ。


 似たようなことは、出来るのかもしれない。


 そんなふうに、楽観的に構えていた僕は――



「おいソフィア。……あれ、わざと多く誘導しただろ?」


「あ、バレた? でもそのお陰で、緊張する間もなく戦えたでしょ?」


「は〜ぁ……。本当に、お前ってさあ……」


 絶望的な数の魔物を討伐した。たった三人で、弱体化されていない八体の魔物との同時戦闘。


 こんなこと、正規の騎士団だってやっちゃいない。あのロランドがまさか判断を間違えたのかと疑ったものだが、そんな気配は微塵もなかった。


 ――絶望を目の前に突きつけられたかのようだった。


 魔物を相手にして、ではない。

 魔物を相手にした神殿騎士団の他の人員の反応が、あまりにも自分とかけ離れていたから。


 僕はこの一年、努力をしてきた。ソフィアやロランドに認められるよう、戦闘技術だって磨いてきた。


 流石に【剣姫】であるミュラーよりも優れているなんて自惚れてはいないが、魔物との実戦経験がないカイルやカレンには劣るはずがないと、何の根拠も無く信じていた。……信じ込んで、いたんだ。


 実際に戦闘が始まってみれば酷いものだった。


 まずはとにかく一体でも多くの魔物を無力化しなくてはと飛び出した僕は、すぐに魔物に囲まれた。カイルと協力して何体かは行動不能にできたものの、戦局は圧倒的に不利。指揮官としては落第点だ。


 カイルが敵の位置を誘導し、カレンがまとめて無力化しやすい戦況を作っていたと知ったのは、戦いが終わってからの事だった。


 ……情けなさすぎて、反省する気力さえ湧いてこない。


 ソフィアは、もう、いい。比べることさえ烏滸がましいと理解したから。


 これだけの人数を苦もなく輸送し、指先ひとつで魔物を屠る。

 僕の「疲れてはいないのか?」との疑問に対して「まあ、あのくらいであれば……」と、本当に、何故そんなことを聞いてくるのか分からないとでも言いたげな顔で答えられた事で、僕はようやく理解した。


 彼女は、僕らとは違う。

 僕らの基準で彼女は測れないのだと、ようやく理解した。


 だけど、他の者達は違う。


 カイルやカレンの実力は学院の授業で把握している。ロランドに隊長を指名されたことからも分かるように、僕は二人よりも優れているんだと、そう信じて、疑ってなかった。ソフィアの話を聞くまでは。


 彼女が言うには、魔物を剣で倒すためには特殊な技術がいるらしい。


 そしてその技術は、カレンが一番優れているのだという。……あの【剣聖】の孫である、ミュラーを差し置いて、なお。


 努力が。自信が。

 全てが崩れ去っていく。


 練習法を聞いて即座に実践。その結果も、聞くまでもなく分かる。一番覚えが悪いのは俺だ。カイルよりも明らかに魔物を倒すまでに必要な手数が多い。


 これが才能の差か。これだけの差を、努力で埋めなければならないのか。


 もはや何の為に努力し続けてきたのかすら分からなくなってくる。これだけの差を埋めるのにどれだけ掛かる。数ヶ月か、半年か? その間にカイルはどれだけ成長する? 差が縮まるどころか、引き離される一方じゃないか。


 こんなに惨めなことがあるだろうか。


 俺は、ソフィアと一緒にいたいと思って、少しでも近づきたいと願って、強くなった。そのはずだったのに……。


 接触を控えたことも、一人称を変えたことも、全てが無意味。


 努力だけでは届かない高みがあるとむざむざと見せつけられ、心が折れてしまった俺には、もう、ここにいる意味なんて……。


「やあ。やっぱり口先だけだったみたいだね」


 一人遅れて歩いていた俺の元に、この居場所を用意した悪魔が近付いてきた。


「ロランド……」


「うん? どうかしたかい? 君が軽々しく口にした『死ぬほどの努力』がどういったものか、やっと理解出来たんだろう?」


 ――狂ってる。いや、この男は、とうの昔に壊れていたのか。


 そう感じてしまう程の狂気に、心の臓が掴まれたように身が竦む。


「でもさ。僕、言ったよね。生半な気持ちでソフィアの傍になんかいさせられないって。覚悟は出来てるって、言っちゃったもんね? なら、ほら。自分の言葉には責任を持たなくちゃ。ヒースクリフ王子?」


 ――ああ、俺は。


 この結末を迎えるために、誘い込まれたのだと――



王子くんのお豆腐メンタルはけちょんけちょんに成形されてしまいましたとさ。

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