不意打ちお兄様
カイルが失礼すぎて、ソフィアちゃんはもう怒りゲージが満タンになっちゃいました! ぷんすこぷんぷん!
……なんて、ほっぺたを膨らまし、分かりやすく怒りを露わにしていたら、お兄様が近付いてくる気配を察知したので怒れる少女は可愛く拗ねる妹へと一瞬でジョブチェンジしました。
もー、カイルってば、もー!
この怒りはお兄様に慰めてもらわないと収まらないよ、もーー! 一体どうしてくれるの、まったくぅー!
……うへへ。
「ソフィア」
「はい、なんですか?」
つーん、と素っ気なく返事をする。
カイルのせいで、私は今、とっても機嫌が悪いんですぅー。なでなででもしてくれないとお話を聞く気にもなれませ〜ん。と、ちらちら上目遣いでスキンシップを要求。なんならハグだって歓迎ですヨ? と、さりげなく抱きやすい位置に移動していると……。
「……まったく、仕方ないな」
――うっそマジで?
驚いたことに、なんとお兄様は私の要求通り、ハグっと優しく抱きしめてくれたではありませんか。
私の頭を胸に抱え込むようにして、よしよしと頭まで撫でてくれるスペシャルサービスまでセットでプレゼントしてくれたではありませんか! ひゃっほい!
まさかあの恥ずかしがり屋のお兄様が、皆が見ている前で、こんな大胆な行動を取るなんて!!!
やばい。私明日死ぬかもしんない。いや明日と言わず今日死ぬかも。ちょうど危険度が高めの場所にいるしね?
でも今この場所で私が死ぬような状況になったら、同行者全員の生存も絶望的な気がするので、やっぱり今日は死ねそうになかった。
いや明日以降も死ぬつもりなんてありませんけど!
でもでもぉー、いくら私でもぉー、みんなの前でお兄様に抱き締められてるってのはちょーっと恥ずかしいかなーって思ったりなんかしちゃったりして。
お兄様に抱き締められる幸福と恥ずかしさを天秤に掛けたら前者に傾くのは当然だけど、それで恥ずかしさが無くなるわけではないっていうね。というか、お姉様にも見られてるってのが地味ーに背徳感を煽ってくるのよね。
無言なのがまたね。お母様を彷彿とさせて怖いよね。いやお姉様自体は怖くないはずなんだけどね。
お兄様の胸の中などという現世における桃源郷に身を置いているにも関わらず、いまいち甘えることに集中できていなかった私は、周囲の無言に耐えきれずに適当な言葉を口にしていた。
「あ、あの……お兄様……?」
あ、ダメだこれ。茹だっちゃって頭が全然働かない。適当といっても限度があるでしょ私ィ。
ちょっと抱き締められただけで思考が停止するとか、私って実はチョロインの素質があったのかもしれない。なんてことを現実逃避気味に考えていたら、不意にお兄様の唇が私の耳を掠めた。一瞬で顔が熱くなった。
ひゃわ! あわわわわわ!
そんなダメですお兄様!!! お姉様が見てますぅー!!
「ソフィア、無理はしてないかい?」
「うひぃ」
うひゃあ、変な声出た! めっちゃ恥ずかしい!
でもでも、急に耳元で囁かれたら誰だって変な声くらい出るって!!
お兄様の真意がまるで見えない。無理って一体なんのことだろうか。まさかここで理性をポイして「もう誰に見られててもいいっ!! お兄様、私を全力で愛してください!!!」と告白することでは無いと思うし。
お兄様にお願いされたならたとえどんな無理難題でも実現に向けて頑張る所存だけど、今のところそんな無理無茶を吹っ掛けられたような記憶はない。それどころか、むしろお兄様はさりげなく私のことを気にかけてくれていたように思うのだけど。
「あの、お兄様。無理とは何のことですか……?」
お兄様の腕の中にいるという幸福に溺れないよう、必死に意識を繋ぎ止めながら質問する。
分からないことは素直に聞く。
そうすることによって、お兄様の腕の中に居られる時間が少しでも長く……ではなく。
耳元に感じるお兄様の吐息に集中することが……でもなくて。
……あれ? 私、お兄様に何を聞きたかったんだっけ? ……まあいいか、今が幸せならそれで。あはは〜♪
――そんな幸せに呆けた思考が、たったの一言で吹き飛ばされた。
「ソフィアがどれだけ人とは違う魔法を使えても、僕だけは絶対に、ずっと、ソフィアの味方でいるからね」
――! ………………。
……やー、あはは。いやぁ、お兄様には敵いませんなぁ。はっはっは。
動揺は一瞬。
鼓動のペースも表情筋の動きもすぐに掌握したけれど、お兄様にはきっとバレている。私の中にソフィアとしての私とは違う、臆病で卑怯者なもう一人の私がいることを。
……そして、そんな私も含めて、お兄様は受け入れてくれると言っているんだ。
不安に思うことは無いんだと。
言外に伝わるその決意に、気を抜いたら涙が出てきちゃいそう。
いかんなー、いかんよ。
ソフィアちゃんはお気楽かわいい奔放な美少女として通ってるんだから、シリアス展開なぞ不必要なのだ!
……でも、まあ。それはそれとして、ね。
「――お兄様がいてくれるから、大丈夫ですよ」
聞こえない程に小さく。ともすれば、自分自身に言い聞かせるような呟きを零す。
そう、私は大丈夫なんだ。
不安が晴れる日はきっと来ないのだろうけど。それでも、優しい人たちだけならいくらでもいるから。
お兄様がいてくれるなら、私はきっと折れない。
お兄様さえいてくれたら、きっと――。
――ソフィアの自己催眠の深度がアップしました。




