カイルが生意気すぎるんですけど!!
カイルがお姉様を怒らせてしまった。
どうしよう、私はカイルと遊んでいただけであって、一方的にいじめられていた訳では無いのだけど。どちらかと言えば、むしろ私がいじめていた側なのだけど!
客観的に見たら私の方が悪いはずなのに、お姉様が私の味方をする事によってカイルが悪者みたいに見えちゃう不思議。こーゆー時に「美人は得だな」って思うけど、こんな罠にはめるような方法でカイルをやり込めたいだなんて思ってない。カイルを屈服させるのなら、私一人の力で、それも舌戦のみで打ち負かすのが前提条件なのだ。こんな騙し討ちみたいなやり方で黙らせることは流儀に反する。
「あの、お姉様。落ち着いてください」
なので、お姉様の腕にぎゅっと抱きつき、上目遣いで懇願してみた。それだけでお姉様の怒りゲージがみるみる下がっていくのが手に取るようにわかる。我が姉ながらちょっとチョロ過ぎて心配になるね。
こんなことを繰り返してる私が腹黒じゃないと主張したところで「いや腹黒だろ」って思われるかもしれないけど、私は断じて腹黒ではない。可愛くて可憐な少女の策謀は「あざとい」とか「小悪魔的」と表現するのだ。
私は断じて腹黒ではない。
大事な事だから何度でも言っちゃう! 私は腹黒じゃなーいっ!
だからね、あのね。決して私はカイルを貶めようとした訳じゃなくてね。お姉様が怒っちゃったのも本当に偶然でね、私は腹黒じゃなくてね、そのね。
お姉様を宥めながら、心の向きは完全にお兄様の方を向いていた。
お兄様に「うわあ、ソフィアってばえげつないことするなぁ」なんて思われたら、私死んじゃう!!!
どうにかしてお兄様に、この状況は誤解なのだと説明しなければならぬ。
――でもどうやって? 事は既に起こってるのに?
とりあえずお姉様の方は、「お姉様が怒っていると、ソフィアは悲しくなります。お姉様は笑顔がとっても素敵なのに……」と昔よくやってた手口で煽て倒して、その陰でカイルにひっそりと謝罪。お姉様の機嫌が良いうちにさっさと適当に謝ってしまえとアイコンタクトで指示を出せば、顔色を失っていたカイルが我に返ったように姿勢を正した。
「あの、お姉さん。俺は別に、ソフィアに悪口を言ったつもりじゃなくて――」
「貴方に『お義姉さん』と呼ばれる筋合いは無いわよ?」
こりゃダメだ。お姉様は我を失ってらっしゃる。
笑顔モードに入っちゃったらもうカイルの言葉なんか聞く気は無いだろう。容姿がお母様に似ているお姉様の貼り付けた笑顔には本能的な恐怖さえ感じちゃうけど、ここは私が止めるしかない。大丈夫だ、お姉様はお母様とは違う。怖くなんかないよー……ちょっとしか。
「お姉様、本当に大丈夫ですから。カイルとはいつもあんなやり取りをして慣れてますし――」
「いつもあんなことを言われているの?」
待って。違うの。そっち方向に受け取らないで。
必死に頭を回転させ、会話の軌道修正を試みる。
「気兼ねなく話せる仲というやつです! お姉様もお友達とは軽口を言い合ったりするでしょう? 私とカイルのもそれです!」
「私はお友達に、あんな酷い事を言ったりはしないわ」
ん〜〜! そうかもだけど! そうかもしれないけど!!
「カイルはやんちゃな男の子ですから! 言葉遣いが時々荒くなるんですよ!」
「それでも男なら、女の子には優しくして然るべきでしょう? ましてやソフィアは、こんなにちっちゃくてかわいい女の子なのに!!」
ちょっと待ってお姉様!! 言いたい事は分かるけど、私たちが同級生だってこと忘れてたりしませんよね!? そんなまるで小さい子を守るみたいに言われると不安になるんですけど!?
私が女の子ならカイルは男の子なんです見た目に差があっても同い年なんです忘れないでおねがぁい!!
「男の子は好きな子に意地悪したくなるものなんですよっ!!」
――するりと口に出してから、「しまった」と思った。
不意に訪れた沈黙。
今までは耳に入らなかった森に暮らす生き物たちの立てる音がやけに大きく聞こえる気がする。葉っぱの擦れる音が、まるでクライマックスを盛り立てるオーケストラのようだ。
いや盛り上がる予定とかないけど。盛り上がっちゃうつもりなんてこれっぽっちもないけど。
恐る恐る、カイルの様子を窺うと――
「いや、そーゆーんじゃないです。本当に違うんで。勘違いさせたみたいでごめんな?」
――「マジありえないんで」と言わんばかりに、真顔で謝るカイルがいた。
なんだあの顔。すんごいムカつく。殴ってもいいかな?
「ソフィアがかわいくないっていうの?」
「俺とソフィアが恋仲になってもいいんですか?」
「良くないわよ!!」
おうおうお姉様。もっと言ってやってくださいよ。
そりゃーカイルは特別クラスに所属する程度には出来がいいし、顔だって悪い方ではないけど、学内で密かに発行されてる「結婚したい相手ランキング」では私の方が圧倒的に上位なんだからね!? そこんとこ理解してる!?
カイルなんてこっちから願い下げだバーカ! 十円ハゲでもできて女子人気が失墜してしまえバカイルー!!
「……なにやってるの、あれ?」
「あの二人は本当に仲がいいね」
「あはは……」
同じクラスの三人は、ソフィアとカイルのじゃれあいを生暖かい目で見守っていた。




