魔物ぷすぷす討伐隊
休憩を終え、更に森の奥へと踏み込んだ私たちは、そこで非道が行われている現場を目撃した。
……いや、ごめん。嘘です。目撃っていうか、実行してます。私たちこそが、非道を行っている実行犯です。
「こうか?」
「こうじゃないか?」
「こう? ……かな?」
「こうかしら」
私が動けないよう拘束した魔物を、剣士四人がぷすぷすぷすぷす突き刺している。
悲鳴はない。血も出ない。
剣で刺した部位だけ闇が解れ、何事も無かったかのように再生する傍から次々と刺突が見舞われる。終わることなき無間地獄。
前兆すらなく、ふっ、と魔物が消滅したら、フェルが次の魔物を連れてくる。捕獲して拘束。ぷすぷす再開。以下エンドレス。
軽い気持ちで「実践に優る経験はないよ」とか言うんじゃなかった。こんな気持ちになるくらいなら、自然破壊の方がなんぼかマシだ……!
「ねえ、もっと魔物いないの? そろそろ上手くなったか試したいんだけど」
「私も、ちょっと試したい、かな」
魔物いじめに飽きたミュラーがそんなことを言えば、カレンちゃんまでもが実験用の魔物が欲しいと言い出す始末。
ミュラーはともかく、カレンちゃんは見ている限りでは上達したようには見えない。けど、本人がそう言うからには何かしら試したいことがあるのかもしれない。
「お兄様、いいですか?」
「ソフィアに任せるよ」
もはや魔物討伐というよりも魔物を使った実験と化しているけど、幸か不幸か、魔物を減らすといった当初の目的からは外れていない。
これはフェルやエッテに後始末を頼まなくても、森中の魔物を狩り尽くせちゃうかもしれない……なんてことを考えながら、私たちはさらなる魔物を求めて、森の奥へと進んで行った。
「だああ、疲れた……!」
「ん。カイルおつかれー」
接敵する魔物を順番に練習台にしていった結果、まず湯水のように魔力をぶちまけるカレンちゃんが戦線から離脱した。
続いて魔力切れを起こしたのはカイル。
魔力を節約しまくっていた王子様と比べると、魔力の総量はだいぶ増えていたように思う。
「あら、ならこれから出てくる魔物は私が独り占めしてもいいのかしら。嬉しいわね」
「僕のことを忘れてもらっちゃ困るね」
「ヒースクリフ様もそろそろ限界では?」
「まだやれるさ」
と、ミュラーと威勢よく言い合っている王子様だけど、魔力の残量は既に二割を切っているとみた。
一方のミュラーはまだ最低でも四割くらいは残ってそう。流石武器の扱いに慣れてるだけある。魔力の消費効率が他の三人とは段違いだ。
「二人とも、無理はしすぎないようにね」
一声だけ掛けて、カイルの元へ。
「ほい。カイルには私特製の飴玉をあげよう」
疲れ果てて地面に座り込んだカイルに、魔力が回復する……かもしれない飴玉を渡す。
魔水を使って魔石を作る時のように練り上げた飴玉だから、魔力を多く含有していることは確実。ただ私用に調整した魔力だから、カイルに効果があるかは微妙なところ。実際カレンちゃんには効果がなかった。
「はは、飴玉って……」
魔力が不足したカイルは元気すらも減退しているらしい。いつもの嫌味も最後まで紡げないようだ。
こうして大人しくしていれば、カイルにだって可愛げがあるのにねー、なんて考えていたら。
「これ、なんか変なもんが入ってたりしないよな……?」
前言撤回。やっぱこいつ、可愛げ無いわ。
疲れ果てていようとも軽口を止めないその姿勢。正直嫌いじゃないけど、状況判断は正しくするべきだと思う。カイルは今の自分が抵抗できないんだってことをまるで理解していない。
なので優しくて素敵な幼馴染みであるソフィアちゃんは、愚かなカイルくんに、その事実を優しく指摘してあげるのです。私がその気なら、今のアンタは逃げることも出来ないんだぞ、と。
「なに、変なものが食べたかったの? ならこれ食べる? はい、ヤモリの黒焼き」
手に持っていた飴玉を、手品のようにすり替える。
以前見かけたゲテモノ屋台で購入していた珍品をカイルの口元へと差し出せば、カイルは「うおぉっ!?」と悲鳴をあげながら勢いよく飛び退っていった。
なんだ、案外元気じゃん。疲れた様子は演技かな?
「食べねぇよ!? つかなんでそんなもん持ってんだよ!?」
「カイルが喜ぶかと思って買っといた。嬉しい?」
「嬉しくねぇ!!」
おーおー、すっかり元気だねぇ。ヤモリの黒焼き凄いねぇ。
お店の人の「びっくりするくらい元気になれるぜ!」との謳い文句は嘘じゃなかったとカイルのお陰で証明されたね。
多分、いやきっと、お店の人が言ってた「元気」とは意味合いが違うんだろうけど、細かいことは気にしない。元気になるのはいい事だよね、うんうん。
「ほーらほら。ヤモリくんも『ボク、カイルくんに食べられたいよ〜』って言ってるよ?」
「狂ったか?」
追撃したつもりが、鋭利過ぎる言葉のナイフで返り討ちにあった気分。カイルってば随分と言葉選びが上手くなったよね。
益々叩き潰し甲斐がありそうで、ソフィアちゃんとっても嬉しいなあ〜。
――なんて思っていられたのは一瞬だった。
「――は?」
やっば。お姉様が近くにいること忘れてた。
普段は優しいお姉様の低い声。私を馬鹿にしたカイルを睨み付けているのが見なくても分かる。
……どうしようこれ。
カイルの人生、今日で終わっちゃうかもわからんね……?
順調に魔物を脅威と感じなくなっている一行。
ソフィアの非常識は、こうして伝播してゆくのだ。




