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お姉様の近況


 ――お姉様とお互いの近況を語り合った。


 とはいえ手紙でのやり取りはあったし、私たちの方はお母様、私、お兄様と三人分の手紙がお姉様の手元に届いていたわけで。話の内容は、もっぱらお姉様が嫁いだ先の暮らしについてが中心となった。


「距離は近くても色々と違うものなのよね。それにほら、向こうの家にはソフィアがいないから。もう、本当に……ほんっとーーーに、食事がね!? 全然違うのよ!!? 行ったばかりの頃なんて毎食のご飯にデザートすら付いてなかったのよ!? ありえないでしょう!!?」


 お姉様が。お姉様がこの上なく昂っておられる。


 デザートの文化は私がこの家に持ち込んだのだから他の家にないのは当たり前だ。しかも、当初は三時のおやつと夕食後のみだったそれを毎食後にまで増やしたのは完全にお姉様のわがままが理由なので、お姉様の感じている(いきどお)りは最早私のせいですらない。食後のデザートという甘美にして怠惰なる生活にすっかり慣れきってしまっていたお姉様自身の完全な自業自得である。お悔やみ申し上げる他ない。


 他の食事に関しては、まあ、こっちの世界の料理に飽きた私が考案した料理なので。全然違うのも当然と言えば当然のこと。


 加えて調理方法からしてこの国の人にとっては斬新なものだったりするので、お菓子以外の作り方を進んで知ろうとはしなかったお姉様が味や食感だけを頼りに再現するのはまず不可能だったろうと思う。


 毎日当たり前に享受していた贅沢が唐突に失われた苦しみ。


 想像するに難くない。


「それは大変でしたね……」


 しみじみと共感を示せば、お姉様は「分かってくれるのはソフィアだけよー!」と私の手を握りしめ喜びを顕にした。そしてそのままにぎにぎと私の手のひらを弄び始める。くすぐったい。


「本当に大変だったわよー。お陰で『奥様は食事にすごい拘りがある』なんて噂まで出回っちゃって……」


 あらら、食いしん坊と思われちゃったんだ。それはちょっとばかし、女性としては不名誉な噂だねぇ。


 拘束された手指をうにょうにょと蠢かせて反撃すれば、くすぐったさに耐えきれなくなったお姉様がやがて私の手を解放した。かと思いきや、今度は指を絡ませてぎゅっと密着。仲良しの手繋ぎのポーズぅ。


 でもやっぱり、食事って大事だもんね。

 美味しいご飯が食べられないと、それだけで元気が出なくなっちゃうし。


「まあその噂も、ソフィア直伝のシュークリームを作ったら『こんなに美味しい物を作れるのなら、食事に不満を持つのも当然だね』って、一応理解はされたんだけどね」


「でもその代わりに、毎日食卓にシュークリームが出るようになったんですよね」


「そうなのよ〜!! お陰でちょっと太っちゃってぇ!!」


 さもありなん。


 プチシューならまだしも、カスタードクリームたっぷりのシュークリームを昼夜おやつと毎日食べ続けていれば、そりゃあ太りもするだろう。美容にも健康にも良くない。何事もほどほどが一番なのだ。


「しかもそれ、ロランドに手紙で伝えたらなんて返事が来たと思う? ロランドったら『姉上が楽しい日々を送っているようで何よりです』なんてすかしちゃって! きっとあの手紙、笑いながら書いていたに違いないわ!!」


「あはは……」


 それは違う。その頃のお兄様は確か私に送られてくる手紙の内容と見比べて「僕の方には愚痴ばっかり書いてあるみたいだね」と苦笑いをしていたはずだ。


 ……あれ? つまりお姉様の予感は当たってる?


 流石はお姉様、私たち弟妹のことをよく理解しているね!


 ちなみに(くだん)のお兄様はというと、私が王様からの伝言を伝えると同時に作り物の笑顔を浮かべながら「ちょっと出かけてくるよ」と言い残し、何処へともなく出かけて行った。何処へともなくというか、まあ十中八九王様ってのトコだろうけど。違ったらそれこそびっくりだ。


 ……にしても、我が家の人々は笑顔を貼り付けるのがつくづく上手だと改めて思う。


 あの仮面を笑顔と呼ぶことにはまだ抵抗はあるけど、少なくとも笑顔に見えるうちはまだ情状酌量の余地があるので、王様には是非ともあれ以上お兄様を笑顔にさせない(怒らせない)よう頑張って欲しい。笑顔の先にある無表情レベルにまでなると多分、喪神病とは紙一重なので。


 お兄様倒れさせたら王様だろうと報復するよ?

 たとえお母様に止められようと、確実に反省するまで標的にするよ? ハゲの呪いとか掛けちゃうよ?


 お兄様に限って私を心配させるようなことはしないだろうけど、それでも万が一という可能性が……と思考に没頭し始めた時、不意にお姉様が私の顔をジーッと見つめていることに気がついた。あら熱視線。


「あの、何か顔についてますか?」


「今ロランドのことを考えていたでしょう」


「ドッキーン!」


 思わず声に出しちゃったくらい驚いた。


 まさか……わ、私の秘めた恋心が……バレている、だと!? お姉様はいつからエスパーに!?


「顔に全部書いてあったわよ」


「そうでしたか」


 スン、と表情を消してすましてみた。


 そんな私を見て、お姉様はけらけらと笑う。


 むーん……表情か。

 まあバレて困るような感情は表に出してないし、問題ないかな?


姉が他領で妹自慢をしたことにより「聖女様はとんでもなく美味いお菓子を作れるらしい」という噂話が着々と王都に浸透しつつあることを、ソフィアはまだ、知らない。

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