誤魔化せませんでした
私は説明した。ヨルの言う「穴」がどれだけ危険なものなのかを説明した。
神をも殺したかもしれない未知の脅威。
私の推察が正しければ、穴を開いた時点でこの世界の空気すら汚染しかねない特級の劇物。
パンドラの箱を徒に開けに行くようなものだ。虎の尾を戯れに踏み付けにするようなものだ。
それをすることによる利点が全く無いことを、切々とお母様に訴え続けた、その結果。
「…………ソフィアが私たちの話を全く聞いていなかったことはよく分かりました」
見事にお母様の怒りを買った。
キャンセル料払ってもいいからその怒り引っ込めて貰えませんか。無理ですかそうよね。
スゥッと血の気が引いていくのを感じる。目の前で凶悪な笑みを浮かべ始めたお母様への焦りがふつふつと湧き上がってくる。
待って、ホントに待って違うの。話聞いてなかったとかじゃないの。
私はただ、好奇心とかよりも身の安全をっ、お母様やリンゼちゃんの身の安全を考慮してだね!?
言い訳は浮かぶ。頭の中に次々と浮かぶ。
けれど、今私の頭に浮かんでいるこれらの言葉を口にしたところで、お母様の静かな怒りがおさまるだなんて思えなかった。そんな都合のいい想像は到底実現するわけがないと、長年の経験が僅かな期待をすることすら許してくれない。
……笑みによって細められた瞳から、冷たく刺すような視線を強く感じる。その極寒の冷気を纏った瞳はまるで、私がどのような言い訳をするのかと断罪の刃を振り上げたまま待ち構えているようにも感じられて。
「………………わ、私は」
どうする。どうすればいい。何を言うのが正解だ。何を言えば許される?
人のせいにするのは恐らくNG。
この窮地は王様が私のことを見てきたことから始まった気はするが、そもそも美少女であるこの私を他人が見つめたくなるのは自然の摂理であり分かっていようとも避けられない必然でもある。そこに責任を問うことはつまり私の美少女っぷりが罪だと認めることと同義で、結局は私のせいだという結論に行き着いてしまう。これでは何の解決にもならない。
やはりヨルか。ここはお母様の弱点たる神様関係を突くしかないのか。
あんまりヨルやリンゼちゃんをお説教回避の理由に使い過ぎるとお母様の怒りに薪を焚べることにもなりかねないが、喫緊の問題を回避する為ならばやむかたなし。ここは素直に利用させてもらおう。
私は脳内でそれっぽいストーリーを作り上げると、ちらりとヨルを見上げて。
「……また、ヨルのような被害を出したくなくて…………っ」
震えた声を出した。声に乗せるのはもちろん、悲しみの感情。
俯いた顔からは表情が窺えず、僅かに震える肩は泣いているようにも見えることだろう。
浅い呼吸は感情が堰を切る前兆だ。
私は今、再び知り合いを死地へと送ることを強要された、悲劇のヒロインとなっていた。
過去の過ちによる後悔すらも癒えぬ内に、全く同じ過ちを冒せと、再びヨルという同じ顔をした存在を死地へ追いやれと、お母様に残酷なる役目を命じられた薄幸にして悲哀のヒロインとなることを強いられていた!! 嗚呼、なんて可哀想なんだ私ってばぁ!!!
……と、最後は若干冗談っぽく盛り上がっちゃったけど、これって状況的には大体嘘がないっていうか、殆ど事実ではあるんだよね。
わざわざ気分を盛り上げないと悲壮感すら生み出せない程度ではあるんだけど、元々のヨルが消えちゃったってのは、やっぱりそれなりにショックな出来事ではあった訳だし。
ヨルが死んだのは私のせいって事も……うん。理解はしてる。
間抜けな女神様が迂闊なことして事故死した、って認識の方が圧倒的に強いものの、私がヨルの言うことホイホイ聞いてなきゃ、今もあの迷惑な女神様が私の部屋でふんぞり返ったりしてたんだろうなーって思ったりもする。
そんな後悔があるからこそ、お母様に叱られた程度で諦めるわけにもいかないわけで。
アイテムボックス開いてお母様の言う「穴」を作った時点で、取り返しのつかない事態に陥る可能性もゼロではないし。安全を考慮するのなら、やはり触らぬ神に祟りなしという方針が一番なのだ。
……神だけにね! 神様関係は特に、私にとってのマイナスばっかり目立つからね!!
まあもしこの演技が私の類稀なる想像力による怒り回避策だとバレたら、私への最大級の制裁である甘味禁止令が発令されちゃうかもしれないけど。それでも現時点ではこれが、私に選べる最善にして最良の方策だった。
……通用しなかったら、しばらくはお菓子抜きかぁ。あれ心が荒むから、できれば遠慮したいんだけど……。
謎の読心術とか発動しないで是非とも素直に騙されてくださいお願いします、と心の中で祈っていると。
「…………ソフィア」
――感情が変化してる。
微かに荒ぶってた魔力が落ち着いてるし、笑顔の裏にあった凄惨さが解けた。何より瞳から「仕方ないわね」みたいな意志を感じる。これは勝ったな!!
――この甚だしい勘違いを、人はフラグと呼ぶ。
「話を聞いていなかったことは否定しないのですね」
「……………………」
……、にこっ!
優しく微笑みかけられたので、とりあえず笑顔を返しておいた。え、笑顔の意味? そんなの考えたくないです。
――勝利の瞬間。それは敗北する瞬間でもある。
どこかで聞いた言葉が頭を過ぎる。
その言葉、できればもっと早く思い出したかったよ……。
何度敗北しようと、抗うことを止めない少女。
でも大抵負けてごめんなさいさせられる羽目になってます。
今回も、はい。大人しく謝りましょうね?




