綺麗なヨルが現れた!!
いつまでも他人の視線がある中で話すのも疲れるので、部屋を用意してもらおうとした結果。何故か玉座の間を引き続き使用することが許され、余人は退出することが王様により命じられたのでありましたとさ。
……でね? そこまではまあ、いいんだけどね?
私が疲れる一番の原因だった王様が残ってるの、人払いした意味無くないかな。いや全く無意味ってことは無いんだけどね。
最初から王様を追い出せる可能性は低いとは思ってたし、むしろ近くの部屋で待機してた王妃様がこの場所に来なかったことを鑑みると、案外悪くない結果だったと捉えることもできるかもしれない。ここは前向きに考えるべきだろう。
余計なことに思考を割かなくていいというのは本当に助かる。
もしもお母様に加えて王妃様にも見張られながら、なんてことになってたら、会話の内容にも必要以上に気を遣っちゃってたかもしれないもんね。私、やっぱり企みごとが得意そうな人って苦手っぽい。その点王様は思考が単純っぽくて好きだよ、人としては好きじゃないけど。
「ソフィア」
「分かってます」
横道に逸れてた思考をお母様の一言で正された。ちょっとくらいの気休めは許して欲しいな。
現在、シンはヨルを連れてくる為に出て行っていて、この場にはいない。
シンがヨルを連れて戻ったあと、話の流れによっては、二柱の神と敵対する可能性もあるかもしれない。
ピリリとした緊張感を保ったまま、お母様は私とリンゼちゃんに力強い視線を向ける。その意味するところを余すことなく受け取って、私はへらりと軽い調子で笑い返した。
お母様に頼まれるまでもなく、リンゼちゃんは私が守ると決めている。
唯一の懸念だった、お母様がリンゼちゃんよりも神や女神を優先する可能性が潰えた今、私に恐れるものは何も無い。
「リンゼちゃーん。帰ったら頑張った私をいっぱい褒めてね!」
「そういう台詞は頑張ってから言うものよ」
あん、つれない。
ひっしと抱き着くも素気無い反応。でも、それでこそリンゼちゃんだ。僅かに張っていた緊張の糸が緩むを感じる。
相変わらずツン成分が多いリンゼちゃんの、小さく可愛い手を握りしめ。私は神に抗する覚悟を決めた。
――全ては、この大切な温もりを守るために! 記憶を失った女神が相手だろうと、引くことだけはありえない!!!
――そんなふうに、覚悟していたこともありました。
「今のヨルはなんだか前より話しやすいね。すれてないお姉さん、って感じがする」
「ふふ、そう? 私も貴女とはなんだか話し易い気がするわ。人間にしておくのが勿体ないくらいに、ね」
サラリと怖い冗談をぶち込んでくるけど、これが彼女なりの親愛の表現なのだと分かる。
私は現在、シンが連れてきた記憶喪失になったヨルと仲睦まじい雑談を交わしていた。
いやね、私も予想外だったんだけどさ。
記憶失ったヨル、ちょーいいこなのよ。ムカつくにやにや笑いとか全然しないの。嫌がらせもしてこないの。しかもちゃんと言葉が通じる。これは大きいですよ。
私たちに関する記憶を失っているということは、私たちをその他大勢の人間と同じ程度にしか見ていないということ。
ゴミを払うような手軽さで致死性の攻撃が飛んでくることも覚悟していたんだけど、そんな様子はぜーんぜんないの。なんだったら以前のヨルよりよっぽど知的で理性的。人間に犬猫程度の愛情があるだけでこうも違うのかと感動したね。以前が蟻だったことに比べると天国のようだよ。
そもそもの話、リンゼちゃんが持つ女神としての記憶を狙っていたのはシンだけであって、ヨルとしては現状のままで何も問題はないらしい。
女神としての権能はあるし、記憶が無い事で困っていることも何もない。
そもそも女神としての役割があるわけでもないので、記憶があろうがなかろうが何もすることが無いという状態に変わりはないんだそうだ。実に納得のできる、悲しすぎる理由だった。
「もしかしたら以前のヨルも、同じ様な理由でリンゼちゃんを私の元に送ったのかもしれませんね。リンゼちゃんもよく『あなたといると飽きないわ』的なこと言ってましたし」
「そうね。私も貴女を、ずっと近くで見ていたいと思うもの。昔の私が同じように考えたとしても不思議ではないわね」
姿や性格は若干違えど、やはりヨルはヨルなのか。目を細めて笑う時の妖しさにはもはや懐かしさすら覚える。
けど、少し話してみた感じ。どーもこのヨルとはかなり良好な関係を築けそうな予感がする。記憶が必要ないと断じていることも私的にはポイントが高い。
こうなってくると、私としては少しだけ欲が出てくる。
「ねぇねぇ、リンゼちゃん。このヨルって信用出来ると思う? リンゼちゃんさえ良かったら、記憶をコピーして渡してもいいと思うんだけど」
聞かれている可能性は高そうだが、一応気を使って小声でリンゼちゃんに話しかける。リンゼちゃんは一瞬だけヨルの表情を確認した後、胡乱な顔を私に向けた。
「そんなことが出来るのなら初めからやっていれば良かったじゃないの。どうせあなたのことだから、私に危険はないんでしょう?」
「それはもちろん」
でもね、ほら。敵対するかもな相手に情報とか渡すわけないじゃん?
けど情報を渡して恩を売れるなら、私は迷うことなく恩を売るよっ!
女神に恩を着せる人間。よくない?
女神を値踏みする我が子を見て、母は思った。
「この子は本当に、神を敬うという気持ちが全く無いのね」と。
神がいない世界で育った現代っ子だからね、仕方ないね。




