面倒事の大半はこいつらのせい
降って湧いた、王城への呼び出しという緊急事態。
以前なら女神関連という可能性が真っ先に思い浮かんだところだけど、人間の都合を考えない迷惑女神様が消えた今、私への用事というのが正直なところ思いつかない。
また昔みたいに緊急時の輸送でもやらされるのか? それとも緊急とは名ばかりの、王妃様の無茶振りとか?
願わくば、「実はこの呼び出しは、お母様が用意した手の込んだお仕置きだったのだ!! ババーン!」なんて展開にはなりませんようにと願いながら、案内されるままに王城の廊下を突き進む。
そして、探査もしてないのに明らかに異常な魔力が認識できるようになった頃、その魔力の根源と対面した。
「……こいつか? 確かに、こんな奴だった気はするが……。おい、人間。ヨル様の分体を所持しているならさっさと差し出せ」
女神関連だった。というか、神本人のご降臨だった。
シンとかいう男神が王様やその他の人々を配下のように侍らせながら、偉そうに私へと命令してくる。
状況はなんとなく理解したが、要求の内容を聞いた時から、私の心は定まっていた。
「お断りします」
「なっ……!」
王様が愕然としてるが知ったこっちゃない。
シンの要求とリンゼちゃん。
私にとってどちらが大事かなんて、語るまでもない。
「……断るだと?」
着いた時から不機嫌そうだったシンの態度が、より明確な敵意になった。私への殺意を隠そうともせず、溢れ出る濃密な魔力はまるで泉のように止めどない。
……でもできれば、剣呑な気配を振り撒きながら発光するのはやめて欲しい。
なんか自称ナンバーワンのホスト様が「俺様、今日も最っ高に輝いてるZe……ッ!」ってセルフでイルミネーション光らせてるみたいで、内心ね、ちょっと平静ではいられないというか、不運な事にツボっちゃったというかね、うん。これが神的な戦略なのだとしたら、私は神を舐めてたと謝罪することも吝かではない。十中八九ないだろうけど。
内心の動揺を悟られないよう笑顔の仮面を堅持しながら、対峙した時から秘密裏に続けている警戒網の構築を着々と進めてゆく。
破壊光線への備え。直接的な攻撃への備え。
上空からの不意の一撃も警戒してるし城内の人の配置も今完全に把握した。もし次の瞬間激しい攻防が始まったとしても、一人の死者も出させはしない。
いっそ不意打ちでシンを捕らえた方がリスクは低いんじゃないかと囁き続ける内なる声を無視して、相手の出方を待つ。ひたすらに待つ。
例えシンが私達を害する事が確定事項だとしても、姿を見た瞬間に襲いかかれば私の方が悪者だ。擁護してくれる人もいるかもしれないが、神への信仰というものはここでは信じられないくらいに篤い。神に危害を加えたのが【聖女】なんて神に仕える役職を宛てがわれた私ともなれば、家族への影響だって計り知れない。
私は襲われたから仕方なく対処をした、被害者でなければならないのだ。
……だというのに!
「……………………」
「……………………」
シンは私を見たまま動かない。そうなれば私も動けない。
シンの挙動から片時も目を離せず、同時に室内にいながらにして空からの奇襲の警戒と、魔力の僅かな動きすらも気にし続けるというこの状況は、はっきり言って相当にしんどい。早く攻撃してこい、そして早く反撃させろと思わずにはいられない。平和主義者であるこの私がだ!
おのれなんたる策謀か! と憤慨するも、この状況で警戒を緩めるわけにもいかない。我慢比べに持ち込まれた時点でせっかちな私にとっては不利な展開だが、負ければリンゼちゃんの身が危ないともなれば私に出来ることは耐えることのみ。そして最後は、目の前の神を討ち滅ぼすのだ。
女神が消えた時はこの世界がどーなるものかと心配したけど、なんか全然平気っぽいし。
女神が消えて影響ないなら神が消えても問題ないでしょ。
どうせもう迎えに来る人もいないんだし、今度はアイテムボックスの中に永遠に閉じ込めちゃうのもアリかもしれない。気分良く寝ていた私を叩き起こした罪はそのくらい重いんだぞと、八つ当たり気味に考えていたら。
……警戒している魔力の端に反応あり。お母様とリンゼちゃんが、こちらに向かって移動しているのを感知した。
私が呼ばれるくらいだ。そりゃお母様にも声はかかるか。
わたしが先に着いて良かったと心底安堵しつつも、まだ最悪の可能性が去った訳では無い。むしろリンゼちゃんが来る前に終わらせる必要があると認識を改めた。
「……どうして、女神の分体が必要なんですか? 今までずっと放置してたじゃないですか」
神という存在は価値観が決定的に違う。交渉が通じる可能性は限りなく低いと見ている。
けれど、意思の疎通が可能ならば、何かしら解決の糸口が見いだせるかもしれない――そんな淡い期待から発した言葉は、思わぬ返答を引き出した。
「ヨル様は今、記憶を失っている。分体を取り込んで記憶を補完する必要があるのだ」
――ヨルが、いる? 存在している?
無事だった。二柱の神。戦力の均衡。リンゼちゃんの安全。
瞬時に色んな情報が脳内を駆け巡る。
もっともリスクを抑えるには、どうするのが最善か。必死に頭を回転させる。
敵対か、和解か。
私が選んだのは――和解。
目の前と神と、情報を擦り合わせる必要があると感じた。
平和主義者にも色々ありますよね。
ソフィアは多分「争う原因になる人全員排除しちゃえば世界って平和になるよね!」とか言っちゃう系平和主義者。発想が過激すぎる。




