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寝起きに呼び出し


「おい――起き――」


 ――揺れる、揺れる。世界が揺れる。


 淡い光だけが照らす海の中。漂う私に声が聞こえる。


「先生――ダメ――。ソフィア―――兄――」


 ――これは誰の声だろうか? 聞き覚えのある、別の声が増えた。どちらも男の人の声だ。


 後から増えた方――まだ若い、少年のように高い声。


 耳にとてもよく馴染んだ、聞いているだけで不思議と安心する声。心地好い。


 ……もっと聞いていたいな。ここで待っていたら、また聞こえてくるのかな。


 気分良く揺蕩(たゆた)いながら、僅かに意識が浮上する。

 今度は少しだけ意識をして、声を聞こうと耳を澄ませた。


 ……そういえば。さっきの声には、気になる単語が含まれていたような――?


 次はもっとはっきりと喋ってくれないかな。そうしたら、何を伝えたかったのか分かると思うのだけど。


 ふわふわとした気分のまま待っていると、待ち望んだ声が聞こえてきた。しかも、今度は先程よりもかなりはっきりと聞こえる。これなら……。


 さあ、聞かせて。


 貴方の声を、私に――




「――おいソフィア。お前、大好きなお兄様の前でそんな格好のままでいていいのか?」


「良くないよっ!!??!」


 がばちょ!! と飛び起き最速で思考を加速した。我ながら覚醒から魔法を行使するまでの流れが完璧だった。


 自画自賛も程々に、すぐさま引き伸ばされた時間の中で状況を確認。次いで対処へと移行する。


 衆人監視あり。よだれなし。髪崩れ微小。顔は……ほっぺたに寝ていたと分かる跡があるね。そっと手を当て不自然でない程度に治しておく。これでよし。


 そして、肝心の服装はというと――良かった、寝惚けて脱いだりはしてないみたいだ。というか、肌蹴たりもしてない。座った状態でそんなんなるわけもないんだけど。


 ここまでくると、慌てていて視野狭窄に陥っていた私にもようやく状況が掴めてきた。


 つまり私は騙されたのだと。寝ていた私を起こす為に、性格の悪い幼馴染みがひと芝居打ったのだと。私の醜態を衆目に晒す為に!!!


 カイルてめー今日こそ泣かす、とカイルのいる方向に鋭い眼光を飛ばせば、たまたま目が合ったリチャード先生が露骨に怯んだ。そしてもちろん、想定外の事態に私も怯んだ。不幸な事故だ。


 先生盾にするとか卑怯すぎる! それでも男か!! カイルめ、帰ったら本当に覚えてなよ!!? 後で絶対仕返しするから!


 寝起きのせいか、私の猫かぶりが全然機能してないのを自覚している。これは良くないとそれだけは分かるのに、カイルへの怒りが邪魔をしてどうしても冷静になれない。落ち着け、まずは感情を抑えるんだ。


 大きくひとつ深呼吸をして、感情の昂りをやりすごす。

 心の中でカイルへのお仕置き方法を一通り想像すると、ひとまずの落ち着きを取り戻すことができた。


「――ソフィア・メルクリスッ!!」


「はいっ!」


 わぁお、びっくりしたぁ!


 私が落ち着くタイミングを見計らってでもいたのか、ついさっき間違えて睨みつけてしまった先生が気を取り直したように大声を張り上げる。


 普段は必要のない大声なんか出さない人だ。

 気が付かないうちに何かしでかしてしまったのかと不安が過ぎるが――。


「君には王城から緊急の呼び出しがかかっている。迎えの馬車は既に到着しているので、すぐに城へと向かうように」


「はあ?」


 やっば。あまりに想定外の言葉を聞かされて思わず心の声が漏れてしまった。


 いけない、このままでは私の優等生としてのイメージがピンチ!! これまで積み上げてきた先生からの信頼がががっ!


 それもこれも全部、カイルのせいだ! と、とりあえず人目を盗んで諸悪の根源を睨みつけ、私は釈明ついでに説明を求めた。


「失礼しました。まだ頭がまともに働いていなかったようで……。あの、急な呼び出しとは一体何があったのでしょうか? 私には呼び出される理由が思い当たらないのですが」


 というか、そんなの思い当たりたくもない。


 私が呼び出される時とは大抵が問題を起こした時で、それはつまり、お母様にも叱られる時だということだ。なら叱られる瞬間まではせめて幸せな気持ちでいたい。


「私は何も聞いていない。……が、そう心配するようなことは無いだろう。伝えに来た者はかなり慌てた様子だったからな。恐らく、君にしか解決できない問題が……いや、憶測で語るのは良くないか」


 私の心情を斟酌してくれた訳では無いだろうが、先生がなんだか優しい。いやまあ、普段もそれなりに優しいけどね?


 こんなに優しくて真面目な先生を睨むよう誘導するなんて、カイルはなんて極悪な生徒なんでしょう! という気持ちが再度膨らんできたので、先生の前でこれ以上隠すべき本音がポロリしちゃう前に、さっさと退散することにした。


「分かりました。急いで向かいます」


「そうしてくれ。ああ、念の為荷物も持っていくといい。戻って来れるか分からないからな」


「はい!」


 促されるまま手荷物をまとめて廊下に出た。


 教室から聞こえる別れの声に手を振り返し、足を動かしながら考える。果たして、呼び出しの理由はなんだろうと。


 ……王城からの呼び出し。


 なんにせよ、ろくなものではなさそうだった。


「先生、それじゃダメだ。ソフィアを起こす時はもっと強く揺らさないと」

「こ、こうか?」

「そんな優しくしてちゃ起きない……ああ、そうだ。いい方法思いついた」


その後カイルの機転によりソフィアが飛び起きた場面を見ていた一部の人たちの間で、「そんな格好ってどんな格好だったんだろう……」と逞しい妄想が飛び交っていたとかなんとか。

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