小さいのも個性
人は、みんな違っている。
小柄な子。背の高い子。ふくよかな子。胸の大きい子。
改めて教室を見回すだけで、色んな人がいるのだと分かる。
顔も違うし声だって違う。双子だって性格が違う、好みが違う。
みんなみんな、人それぞれの特徴がある。それが個性だ。
太ってるからダメだとか、胸が大きいから偉いとかじゃない。
ただ「違いがある」という事実をありのままに受け止め、その違いを含めてその人の個性なんだと認めることが大事なんだ。
……さて、ではそれを踏まえて私自身のことを考えてみよう。
――私、ソフィア・メルクリスは小柄である。小柄という言葉すら生温いほどに小柄である。
その圧倒的な小柄さときたら、学外から来た人に「生徒の誰かの妹さん?」と勘違いされる程の小柄っぷりである。普通に考えてありえないと思う。
学院に子供がいたら、普通は生徒だと認識するものだろう。
そこで「ああ、小柄な生徒なのね」と思わずに「生徒の妹さんが迷い込んだのかしら?」と思うのはどのような思考を経ての事なのだろうか。いくらなんでもこんなチビな生徒がいるわけないとか思うんだろうか。
それとも顔か? 顔がアホっぽいのか?
まさか学院で学んでいるような生徒がこんな学のない顔をしているわけがないと、そういう訳か? 低身長で胸も真っ平らでかわいいだけのおチビちゃんなんかに学院は似つかわしくないとそういう事か? ああん?
……っと、失礼。話が逸れてしまった。
私は今朝会った無知なるお姉さんに文句を言いたかった訳ではなく、ただ、主張したいだけなのだ。
小柄なのは個性である。
何人たりとも、私の個性を否定することはできないはずだ――と。
……だからね?
「……今日のソフィアどしたの? なんかいつにもましてへにょってるけど」
「それがねー、聞いてよ。家に来てたお医者様に『もしかしたらこれ以上成長しないかもしれない』って言われてへこんでるみたいなんだー。どう思う?」
「えっ、ソフィアってもう背伸びないの? このままずっと!? それってこれからもソフィアはずっとかわいいままってことじゃん最高だね!!」
「だよねだよねー!!」
私の、背が低いという個性。
明らかに「普通ではない」私を受け入れ喜んでくれる友人たちのことを、私は嬉しく思うべきなんだと思う。
……そう思うんだけど、どうしてもね。嬉しい気持ちが湧いてこないんだ。むしろ元気が吸われてる感じすらある。
私がこれからも小さいままだと知った人が嬉しそうに騒ぐたび、私の気力はへろへろへにょんと萎えてゆく。
今日は元から大した元気もないので、このままでは萎んで消滅してしまうかもしれない。気分はさながら、萎んで打ち捨てられた風船ですよ。しょぼぼぼーん。
なんかね、今日ばかりはカイルを弄ってこの陰鬱な気分を晴らそうという気すら湧いてこない。むしろ反抗されたらめんどくさいから関わりたくないまである。
自分で言うのもなんだけど、こんなことって結構珍しいよ。私って基本的にノーテンキな方だからね。
しかし、今日の私は無だ。完全な無気力だった。
授業中は真面目に授業受けてればいいんだけどさ。休み時間って、普段は何して過ごしてたっけ……? なんて、ボケ老人みたいなことまで考えちゃう。やっぱり成長しないって確定したことはそれなりにショックだったっぽい。いや確定ってわけでもないんだけど……いやでも、ほぼ確定みたいなもので、下手な希望は……うんむむ。
あー、ダメだ。やっぱり縋っちゃう。悲しい現実なんてみたくないよう。私も人並みに成長したいようようよう!
内心で湧き上がった願望は、だらけた手のひらをパタパタと動かす原動力になった。逆に言えば、その程度の元気しか湧かなかった。たまたま目が合った子が不思議そうな顔をして私に手を振る。勘違いさせてごめん、ただの手遊びだから気にしないで……。
「あれ、ソフィアちょっと元気出た?」
「そっか、今日のソフィアはへこんでるフリして惰眠をむさぼっていたんだね!? 最近暖かくなってきたからその気持ちはよく分かるよ〜。私もほら、眠たすぎて手がこんなに温かく……ぬぬっ!?」
勘違いさせた申し訳なさから、せめてもの詫びにと渾身の力を振り絞って手を振り返していたら、何故かほっぺたに手を押し当てられる羽目になってしまった。本人の申告通り、とても温い……のは、いいんだけども。
「これは……このほっぺたは、まさか……!?」
「な、なにぃ!? そのほっぺたがどうしたと……こ、これは!?」
さわさわすりすり。もにゅんもにゅんの後、びよーーん。
人の頬を好き勝手に弄ぶのはやめて欲しい。
しかも二人がかりとか、もう……ほどほどにしておいてよね。
「あれ、反抗しない」
「いやそんなことより! ……このほっぺた、最高すぎない? あたしこのほっぺたがあれば、夜も熟睡できる気がする!」
「どーせいつも熟睡してるんでしょ?」
「もっと、ってことー!!」
どーでもいいけど、私の頬を手慰みにしながら痴話喧嘩するのはやめて欲しい。軽んじられてる感がすんごい。
そして何より、こんなポカポカお手てに挟まれちゃったら、眠気が危険域に入ってしまう。
「まあ気持ちいいことには同意する」
「だよねだよね!」
心の中で同意を示し、次いで襲ってきた猛烈な眠気に抗う。
ここに、負けられない戦いが始まった――。
退屈な授業は睡眠魔法に匹敵する。
気の抜けたソフィアを堕とすくらい、わけないのである。




