リンゼちゃんの見解
リンゼちゃんの過激にして悪辣な反撃によって、かよわい私が泣かされた後。
悲しい事件の切っ掛けとなった「最近発情しないわね」発言の真意を聞くことができた。
「――つまりあの異常な性欲は、このままでは正常に成長できないと危ぶんだ私の本能が起こした種の保存的な反応だったと?」
「その可能性はあるんじゃないかしら」
人は死の間際に、性欲が増すことがあるらしい。
それを伝える為だけに私の尊厳を著しく傷付ける必要があったのかは甚だ疑問だが、リンゼちゃんの主張は理解した。
「ソフィアは理から外れた魔法を使えるから、初めは優秀な子を残そうとする欲望が強いのかと思っていたの。だけど、どうもそれだけではなさそうな様子なのよね」
人のことを猿山のボス猿みたく言うのはやめて欲しい。私にだって人並みの羞恥心くらいあるんだぞ?
悪気なく人の心をザクザクと抉っていくリンゼちゃんの攻撃力がハンパない。
さっき泣いたばかりなのに、また別の涙が出てきそうだった。ソフィアちゃんかなしい。
「まあ、私も? ちょっとおかしいんじゃないかな〜とは、薄々感じてた、かな?」
性欲。異常な性欲。
そう呼ぶに相応しいものは、確かに感じてはいた。
前世でのそれとは比較にならない圧倒的な衝動に突き動かされ、淫らな感情のままに欲望に屈した事も度々あった。けれど。
「う〜ん……。でもさぁ」
……確かに性欲が強いという自覚はある。あるが、それらの行動は何より、お兄様が素敵すぎるからこそ起こる自然現象だとも思うんだよね。
もちろん私の体質という問題もあったのかもしれないけど、お兄様に頭を撫でられるだけで、こう、きゅっと内股を閉じたくなっちゃうようなね、反応をね。してしまうのはもう、女という性に産まれお兄様と出会ってしまった人には避けられない運命だと思うの。
人は子孫を残す為に生まれてくる。
なるほど、それは真理だろう。
だがそれならば、お兄様と出会った全ての女性がお兄様以外の男に興味を失ってしまう事もまた、覆せない真理なんじゃないかな。
お兄様は男性でありながら、優しくて柔らかくていい匂いがして、ってもう女心をギュンギュンに刺激するあらゆる要素を持っていて、顔もいいし性格もいいしで欠点ゼロの完璧超人。見てれば見てるだけ好きの度合いが上がっていく人を惚れされる天才なんだからもう本当に困っちゃうよねぇ。
見てるだけで癒され、話すと更に癒され、優しくなんてされた日には魂が震えるほどの癒しパワーに全身がふにゃふにゃの骨抜き状態にされちゃうくらい心から安らいで身を委ねられる男の人なんて世界中探したってお兄様ただ一人だけだと思うの!
だからね?
「好きな人の前で、その、そうなっちゃうのは、仕方のないことなんじゃない?」
お兄様は素晴らしい。
そんな素晴らしいお兄様を見たら、女性はみんな本能レベルで理解するのだ。この人こそが私の理想の男性なのだと。
だから、発情……というか、ちょっとその疼いちゃう的なそれはあのね、むしろ自然な反応なんじゃないかなー? と思う訳でして、ハイ。
私の性欲が特別旺盛な訳では決してなく。
むしろ産まれた時からお兄様の傍にいたにしては自制している方だったりするんじゃないかな〜、なんて、そんな感じのことを思う訳でして、ハイ。
女の人はね、愛する人に出会うと自然とそうなっちゃうものなんだよということを、未だに人間の感覚がいまいち分かってない恋愛初心者のリンゼちゃんにちょっぴり照れながら説明すると、リンゼちゃんは理解したのかしてないのか、少しだけ眉をひそめて。
「ソフィアは誰彼構わず発情してたじゃない」
「語弊を招く言い方はやめてね?」
してないわ。私が発情するのはお兄様だけだわ。
じゃなくって、発情がどうとかじゃなくて、あのね!?
言いたい事は伝わったけど、言い方ってものがあると思う。
確かに私は、リンゼちゃんが指摘するように、その……、は、はつ……ょうしてるように見えた場面もあったのかもしれないけど、それはなんてゆーかその、場の空気に当てられた的なね? 決してお兄様以外に好意を抱いたとかそーゆーのではないと思うの。
男の人ってほら、独特の匂いするじゃん。
いやお爺様から仄かに臭う加齢臭とかとは違くて。
汗の酸っぱい臭いというか……髪? 頭? から漂う、その人独自の体臭というか……。
それがね。こう、なんだい。
クサイんだけど、つい嗅いじゃう、みたいな? ……何度も嗅いでると、なんだかクセがあって悪くないかも、みたいな気分になってくるというかね?
……って、何考えてんだ私は。こんなの逆に変態みたいじゃんか。
違う。こんなことが言いたいんじゃなくて。
「……で、その性欲が落ち着いたってのは、どーゆーことを意味するの?」
実際に落ち着いてるかはともかく。
原因を取り除いていないのに症状が治まったのでは道理に合わない。
果たしてリンゼちゃんの見解は。
「危険信号が無くなったということは、可能性は二つしかないんじゃないかしら。ひとつはもちろん、問題が解決した場合。もしくは……」
リンゼちゃんの視線が、私の胸を捉えて止まる。
「――現在の状態に適応した場合」
――何故そこで胸を見るのか。
その意味を、深く考えてはいけない気がした。
英雄色を好む。
ソフィアが時折変態チックになるのは、英雄としての資質故か。
それとも……?




