やめてくださいしんでしまいます
原因が分かったなら、後は対処するだけだ。
何年も常用していた魔法を止めることによる影響と、代替になる魔法の選別。
そしてなにより、身体を成長させるべきかという問題を含めて最善の解決策を見出すべく、一人思慮に耽けっていると。
「そういえば、ソフィアって」
と、リンゼちゃんが唐突に口を開いた。
メイド風情に発言する権利など無い、なんてことは微塵も思わないけれど、私よりも幼いメイドさんがその職責を体現するメイド服に身を包みながら誰よりも堂々と席に座っていることについては、今更ながらに違和感を覚える。
お母様にとってのリンゼちゃんは文字通り神様みたいな人だから、当然といえば当然の光景なのだけど。意識したらなんだかおかしく思えてきた。
メイド服着た元女神様に「普通にして」と望まれ頑張って普通を遂行するお母様。
その結果として、メイド服ながらもお嬢様然としたリンゼちゃんがここに座っているわけだ。
たまにはこーゆーの眺めてるのもいいかもね。私が怒られないこと前提だけど。
――なんて、気を抜いていられたのもそこまでだった。
「最近発情しなくなったわよね」
ピシリ、と。
空気が一瞬にして凍った音を、確かに聞いた。
…………この子は何を言い出しますか?? 何故いま、そのような話題を選んだのデスカ??
思考も身体も固まるなか、半ば条件反射のように周囲の状況を確認した。
お母様……は、私と一緒。完全に固まってる。動きも表情も綺麗に凍結。リンゼちゃんのブリザードを呼ぶ魔法は威力バツグンだね!!
対してアイラさんは、冷気属性に耐性があるらしい。反応は薄いが動きはあった。
目を僅かに見開いていて、引き攣る寸前のような笑顔にも見える。
けれど動きがどこかぎこちなくなっていて、「?」「???」と疑問符でいっぱいの思考が透けて見えるようだ。
そうだね、聞き間違いだからそのまま忘れましょう是非そうしましょう。
どちらにせよ後で記憶消去は掛けねばなるまい。絶対に逃がさん!
そして諸悪の根源たるリンゼちゃんは、私がいつまでも返事しないのを不思議にでも思ったのか首を傾げ、周囲の異様な雰囲気をゆっくりと見回して確認し、再度、私を正面から見据えると――
「……ソフィアって、最近――」
「ちょっと失礼ッ!!」
リンゼちゃんの発言を遮って抱きつき、言い切る前に拉致をした。
聞こえなかった訳じゃないからっ!! むしろ聞こえすぎて困ってるくらいだから声量上げようとするのやめてくれませんかねぇっ!? 恥ずかしすぎて顔が発火するわ!!
ってかなんでお母様にそんなの暴露しようとしてんのっ!? さっき掃除させようとしたこと実はかなり怒ってたりしたの!!? 私への意趣返しだったら後で土下座くらいするからそれで勘弁して下さい!!
もはや涙目で廊下に逃げ出す。
扉を抜ける直前、背後から「あらあら」と楽しそうなアイラさんの声がしたけど、あの人の記憶は後で絶対書き換えとく。
見てる分には楽しいかも知れませんがね、恥ずかしい話を暴露されたこっちは全然楽しくなんてないんですよっ!! 例え既に知られてるようなことでも、わざわざ蒸し返すことは無いでしょうっ!?
拉致ったリンゼちゃんを壁に押し付け、部屋に音が漏れないよう遮音の結界を展開。
超至近距離で叫ぶように懇願した。
「お願いだから恥ずかしいから変なこと暴露するのやめてお願いだからホントやめてホントやだからっ、だから……ッ!!」
おうおう、悲しすぎて涙が出てきた。
こんなに真っ正直でこんなに陰湿な仕返しのされ方って他にあるかい?? いっそ「よく思いついたで賞」をあげたくなる位のベストオブ仕返しだよ効果抜群すぎて感心するわ心がぐちゃぐちゃにされてわたしもう疲れたぁ!!!
「わあぁーん!!!」
溢れ出した感情のままに、リンゼちゃんの小さな身体に縋りついて思いっきり泣く。泣く。泣き喚く。
服に鼻水も付けてやるぅ!! とばかりに抱き着いたのに、幸か不幸か、鼻水が垂れる前に涙は終息の兆しを見せた。
くうっ、運のいいリンゼちゃんめ……!
「うう……、ぐすっ」
身体を離してちょっと落ち着き始めた途端、今更垂れてきた鼻水をアイテムボックスから取り出したハンカチで拭っていると、リンゼちゃんが信じられないことを言い出した。
「…………あの、ソフィア? あなたは今、何故私を連れ出して、急に泣き出したの?」
本気で理解できない、と言わんばかりに珍しく戸惑っているリンゼちゃんの様子を見て、スっ、と残っていた涙が引いた。
マジか。感情の波が一気に引いた。こんなことってあるんだ。
「……リンゼちゃんが私の恥ずかしい秘密をお母様に話そうとしたから、悲しくなって泣いてたんだよ」
話そうとしたっていうか、モロに喋ってたけどね。完全にバラしてたけどね。
「恥ずかしい秘密?」
「発情がどうこうってやつ!!」
言わせないでよ全くもう!!
いまいち私が何に怒っているのか理解してないリンゼちゃんは、なおも言葉を重ねる。
「アイラさんはともかく、アイリス様は確実に知っている事でしょう? 秘密ではないのにそんな――」
「それでもなのー!!」
リンゼちゃん、メイド業務ではとても優秀なのに何故これほどまでに人の心が読めないのだろうか。
私はもう疲れてきたよ……。
ソフィアさんには遮音魔法を掛け忘れた状態で楽しく夜のひとり遊びをしてしまった過去があります。
なのでソフィアの秘密は屋敷に住む大多数の人が知っている。
ソフィアもそれを知ってるけれど、普段はそのことについて考えないようにしてるみたいですね。




