成長を止める魔法
人は目標があるから頑張れるのだと思う。
この先に待つのは絶望だけだと言われて、どれだけの人が前へ進めるというのか。
例えまやかしだったとしても、人には希望が必要不可欠。
私は今、それを痛ましいほどに実感していた。
「それで、ソフィアの身長が伸びなかったのは何が原因だったのですか?」
贖罪を終えてやっと休める思ったら、次なる罪の自白を強要された。こんなことってある??
おお〜神よ〜。この世界の神や女神じゃない、恩恵も被害も及ぼさないオーマイゴッドの神よ〜。
私が一体何をしたというのか!
私はただ、自らの持つ能力の範囲内で美を追求しただけだというのに! こんなのってないよ!!
「原因は……ですね。その、ちょっとした副作用といいますか……」
なんとか上手く言い逃れる方法はないかとこの期に及んで言葉を探す私を見て、お母様はふいと顔を背けた。
そして。
「ソフィアから何か聞いていませんか?」
「お肌つるつる魔法が原因だと言っていたわね」
リンゼちゃんんん!!! なんでバラしちゃうの!!
言葉を濁した理由に見当でもついたのか、お母様は「そう……」と呟き半眼になった。
体感温度が何度か下がったんじゃないかと錯覚するその絶対零度の雰囲気に当てられただけで、身体にはいたるところに鳥肌が立ち、背筋には氷柱を入れられたかのような寒気が走る。
一欠片の愛情さえも抜け落ちた恐ろしい瞳が私を捉える前に、今度は私が顔を背けた。
「お肌つるつる……?」
――顔を背けた先で見つけたのは、世界に残された唯一の希望でした。
アイラさん。この場に貴方がいてくれて本当に良かった。
あの理性を失った怪物を止められるのは貴方だけです!! お肌つるつるでもポテチ山盛りでも好きなだけ報酬をご用意しますから、どうか眼前に迫った脅威から私を守ってくださいませんか!!
勝手に震える身体をなんとか制御し必死のアイコンタクトで意志を伝えることに成功すると同時、視界の外から静かな怒りに満ちた声が、私の耳への侵攻を開始した。
「ソフィア。その魔法は確か『垢擦りの代わりみたいなもので、楽をする為の魔法』に過ぎないという話ではありませんでしたか?」
何年も前に一回説明しただけなのによく憶えてますね。実は私の美容魔法に興味でもあったのかな??
この分なら他の安全が確認できてる美容魔法を代価に、身の安全の保証を……などと不埒なことを考えてたら、即座に鋭い眼光に射すくめられた。一瞬で反抗心が萎える。
私はソフィア。
魔法の才媛にしてお母様の意には絶対服従のちょーいい子。
だからそんなに怒っちゃいやん♪
「私もそう認識していたんですが、本日アネットに『肌を若々しく保つ』という願望が悪さをしていた可能性を指摘されまして。魔法の性質や認識外の効果について熟考した結果、アネットの指摘が的を射ていた可能性も否定しきれず……」
「願望を叶える魔法……。なるほど、そうですか……」
ふう、お母様との会話は神経をすり減らすね。最近は緩くなったと思ってたのに油断をするとすぐこれだ。人はそう簡単には変わらないってことだね。
ともあれ、お母様が何か考え事をしている今がチャンス。私はお母様に気付かれないよう、アイラさんへと合図を飛ばす。
さあ、アイラさん! 今のうちに私の脅威を取り除いちゃってください!!
僅か頷いたアイラさんは、ぐっと身を乗り出し――
「ねぇソフィアちゃん。つまりその魔法を使うと、お肌がつるつるになって若い状態で保てるってことなのよね? それって他人に掛けることはできるの?」
――興味津々に、私の元へ詰め寄ってきた!!
違う! こっちじゃない、向こう!! お母様の方をどうにかして下さい!!
そう思いはしても、時すでに遅し。
既にお母様の意識は完全にこちらを向いていて、素っ気ないフリをしながらも私たちの会話を気にしている様子なのは一目瞭然だ。
流石は姉妹。性格は違えど、その性質は似通っているということか。
まあ女性なら美容に興味があるのは普通の事なんだけどね。
「ごめんなさい。これは結構繊細な魔法なので、他人に掛けることはできないんです。それに若い状態で保てると言うよりは――」
――肌組織の劣化を防ぐ為、組織の状態を老廃物を出す以前にまで復元しているというのがより正しい。
潤いを保持するための水を生成したり、肌の環境を良好に保つための風を生み出している訳では断じて無い。その程度の魔法ではその場しのぎにしかなりはしない。
因果を丸ごと巻き戻す、時の流れに干渉する魔法。
それが、つるつるお肌を維持するために私が使い続けてきた魔法の正体なのだ。
「――『変化を認めない』。これはそういった魔法なんです」
改めて言葉にすれば、なんて分かりやすい。
成長期なんて変化の最たるものだろうにねぇ。
冷静になって考えてみれば、ホント、なんで今まで気付かなかったのかと不思議になるくらいに原因要素がてんこ盛りだった。
これは流石に「アホか」とか言われても否定できないね。
「……それは、成長できなくなるのも当たり前では?」
「全くですね」
素直に肯定し、にへらと笑う。
もうね、実際笑うしかないよね。笑ってどうにかなるもんでもないんだけどね。
はは、あははは……はぁ。
……私ってホントに馬鹿だね。
「――っ!」
娘の作り笑いを剥がすため、今日も母は微力を尽くす。
仮面を被るのが上手いのはきっと遺伝ですね。




