アネット商会の倉庫
――身長を伸ばせる。
そんな夢のような商品があるのならすぐさま用意しておくれー! と強く強くおねだりした結果、連れてこられたのはアネットが経営する商会の本店、その倉庫だった。
「――こちら、野菜が嫌いな方にも無理なく野菜の栄養が補給できる飲み物です」
「――こちらは健康器具。楽しみながら運動ができるようにと様々な工夫が施されています」
「――こちらは安眠マクラ。健やかな生活は快適な睡眠から、との触れ込みで人気を博している新商品です。本来なら予約待ちの品なんですよ」
飲食物。貴族向け商品。家具に寝具。エトセトラ。
アネットのところは特定の商材を持たない、所謂「何でも屋」であると聞いてはいたが、ここまで節操なしだとは思わなかった。
けど今は、その多様さに感謝しかない。
「全部買います」
「全部ですか!?」
当然でしょ? お金で身長が買えるなら金に糸目はつけないよ。
私は今、ハゲたおじさんたちが髪を求めて血眼になっていた理由を初めて理解できた気がする。
世の中には、お金で買えないものがある。
お金で買える可能性が僅かにでもあるのなら、躊躇う理由などどこにもない。求めるものを手に入れるまで突き進むまでだ。
「あの、これらの商品は全てソフィアさんから得た知識を元に作り出したものですから、もう既に試されている物も多いのでは……?」
おずおずと何処までも下手に出るアネットだけど、卑下する必要なんてないのにね。
確かに私の知識が無かったら商会が急成長することはなかったのかもしれないけど、実際に物を作るには大変な苦労が伴うことを私は身をもって知ってるからね。アネットと知り合ってから材料の調達問題がどれだけ改善されたかを考えれば、私がそれ以前に作った品の数なんて推して知るべしというやつだ。
「いやいや、私一人で作るには限界があるからね。枕だって自分で作ったのもあるけど、正直妥協した感が否めないし。お裁縫なんて人並み程度にしかできないんだからアネットの商会で扱ってる商品には敵わないって」
魔法と勉強ができるせいか、偶に勘違いされちゃうことがあるんだけどさ。
私って魔法と勉強が出来るだけで、他は割りと平凡なんだよ?
魔法が万能すぎるせいで全能感ある事は否めないけど、例えば「お裁縫が超上手くなる魔法!!」なんてことはできないし。
できて精々、眠くならない魔法で練習時間の確保とか。あとは「間違えて指に針刺しちゃったー!」なんて展開を防ぐ超防御力を指に付与するとか、そんな程度だ。
あ、そうだ。糸通しの魔法とか作ったら、案外魔力操作の訓練に役立つかもしれない。
針みたいな細くて小さい物質に魔力を沿わせて動かしたり、糸みたいな柔らかい素材を魔力だけで動かすのってかなり制御力が鍛えられるし……。
……いや、やっぱり考えただけでめんどくさいな。糸の先っちょネジネジして硬質化した方がよっぽど楽そう。針要らずの魔法の糸だね!
って違う。魔法でお裁縫する話じゃなくてー!
「他にはないの? この際在庫処分でも何でもいいよ。可能性がありそうなものぜんぶ持ってきちゃって」
「そう言われても……」
困ったように視線を彷徨わせるアネットと同じように、倉庫内をぐるりと見回す。
さすが私の知識を活用して商会を大きくしたと言うだけあって倉庫も大きく、鉄の臭いのする木箱やら変な匂いがする木箱やらが整然と積み上げられている様は、実際かなりの威容を誇っていた。
これだけの商品が全てお金に変わると考えると、他人事ながらちょっぴりわくわくしちゃうよね。アネットが商売頑張りたくなる気持ちも分かるな〜。
……ただ、大人よりも背の高い木箱がこうもずらりと並んでいると、どーしても気になってしまうことがある。私の精神にこびり付いた日本人としての魂が「これは良くない」と警鐘を鳴らすんだ。
……これ、地震とか起きたらヤバくないか?
固定具も付けず、押せば簡単に崩れるような木箱の塔が何本もそそり立つこの光景。
もしも魔法の使えない平民が荷出し作業中に下敷きにでもなったら、デスorダイが不可避なんじゃないかなって思うの。
「アネット。これ安全性は確保してるんだよね?」
「はい? 安全性……ですか?」
不思議そうな顔しないで。ここの従業員さんの安否が気になって眠れなくなっちゃうから。
私は手近にある木箱タワーを指さしてから手を垂直に立て、塔が倒れる様を表現した。
「荷崩れ対策というか……地震の対策」
「ああ」
得心した様子のアネットは、すぐに安心させるような笑顔を浮かべる。
「こちらでは地揺れは起こりませんが、荷崩れの対策はしてありますよ」
そのひとつがこれです。と、アネットが積み上がった木箱に寄り掛かり体重をかければ、なんとびっくり! あんなに重そうだった木箱の塔が動き出したではありませんか!!
「タイヤの付いた板に乗せてあります。これのお陰で、うちの商会では一人でも庫内の整理ができるんですよ」
「おお〜、楽しそう!」
楽しそうだけど、でも一人でここ整理するのは絶対しんどい。私だったら絶対やりたくない。
アネットは私には優しいけど、従業員には結構厳しそうだと脳裏に刻んだ。
ソフィアは予想以上に大きな倉庫を見て、アイテムボックスの中もそのうち整理しなくちゃと心のメモに書き加えた。




