魔力阻害とミュラーの印象
……やばい。ちょっとやり過ぎたかもしれない。
ムキになって抗うお母様が可愛すぎて、火が出るそばからほいほい鎮火しまくってたら、急に「もういいです」と終わりを告げられ我に返った。
魔力だけじゃなく魂まで抜けたように項垂れるお母様を見て、流石に少しだけ申し訳ない気持ちにはなったものの、そもそもやれと言ったのはお母様だった。私はお母様の指示に従っていたに過ぎない。
……とはいえ。
「あのー……お母様?」
お母様の落ち込みようときたら、お母様の姉であるアイラさんが寝たきりになってた時並みの消沈っぷりである。
私としても物凄く居た堪れない。私がお母様のわがままを聞いた立場のはずなのになんで私がお母様をいじめたみたいになってるんだろうか。納得がいかーん!
でも使用人からの「何とかしてください」という無言の視線も地味に堪えたので、とりあえず「元気だしてください」と励ますと同時に、そっと《激励》の魔法だけ掛けておいた。
なんとなく気分が前向きになって、なんとなく何かを始めたくなる、なんて非常にふわふわとした効果の魔法だけど、多少の効果は望めるだろう。
これで少しは活力が戻ると良いんだけど……。
「…………はーっ」
おや、元気を出そうとしたら溜め息が出たぞう。流石お母様はユーモアを理解してらっしゃる。はっはっは。
……《激励》掛けてから思ったんだけど、これってお説教の続きを始めたくなったり、もしくはもっと単純に「そうだ、このストレスはソフィアのせいなんだからソフィアで発散しよう!」なーんて八つ当たりしたくなったりとかした溜め息じゃないよね? 「なんでこんな簡単な事に気づかなかったんでしょう」的な溜め息じゃないよね? ねっ、ねっ!?
そろりと退路を確認していると、お母様のジト目が私を射抜いた。敵意は無いと笑顔で示す。再度の溜め息。
「……まあ、ソフィアですからね」
なにか呆れられた気配もするが、怒られないならどうだっていい。
変に緊張して乾いた喉を潤そうとカップに手を伸ばすも、その中身は空っぽだった。お代わりを要求しようと顔を上げると、すかさず紅茶が注がれていく。
……これ、私が叱られる流れになってたら注ぎに来てくれてなかったよね?
実に優秀な使用人で感激しちゃうね。
「魔力の阻害……。ただの技術で、まさかこれほどまでに封じ込められるとは思いませんでした」
「私も今回初めて使いましたけど、これが意外と便利なんですよね」
なにせ誰も防御の仕方を知らない。
私は相手の魔力に質を似せた魔力で忍び込み、周囲の魔力を掌握するだけ。それだけで魔法の維持に必要な魔力供給をカットできる。
後は捕らえた魔力を体外に連れ出して私が使いやすい魔力に変換でもすれば、お手軽簡単、魔力奪取の完成というわけである。
実はこれ、私みたいに体内の魔力まで完全に制御してる人には効かないんだけど、普通は魔法使う時って体内の魔力引っ張ってきてるだけだからね。
例えて言うなら流しそうめん?
流れてきたそうめんを掬うだけの人なら流れを変えたり堰き止めたりとかして、その人のところにそうめんが届かないように色々対処できちゃうよね。
その点私のそうめんはほら、ラジコンみたいに迂回したり透明化したりと自由自在だからさ。初めからそうめんを操作してるわけで、制御奪いにきたら一発でわかるし。
お母様は私の魔力阻害をその身をもって経験し、その厄介さを実感しているようだった。
「これでミュラーさんを無力化した、と。《加護》の維持にも魔力を多く消耗すると聞いています。彼女もこれには耐えられなかった事でしょうね」
「いえ、魔力を総量の三割程度に減らしても耐えられたので、最後には睡眠魔法で無力化しました」
訳知り顔で頷いていたお母様の発言を訂正したら、「鬼ですか」と真顔で驚かれた。鬼だったのはミュラーである。
「……そこまでして、何故勝利することを選んだのですか? ソフィアはどうしても勝ちたかった訳では無いのでしょう?」
「それはそうですけど……」
そこはリスクとの兼ね合いだ。
様々な可能性を考慮した結果、勝利こそが一番良い結果をもたらすと判断したからこそ勝利を収めた。そして今のところ、その決断に後悔はない。
「負けたら『本当に本気だったの?』と再戦を挑まれる可能性が高そうだったので。なら勝って言うことを聞かせる方が得策だと思いました」
「……なんて乱暴な考え方を……」
額に手を当て、これ見よがしに嘆くお母様。
気持ちは分かるが、私に非はない。全ては私と戦いたがるミュラーに責任があると思う。
お母様だって小声で「けれど確かに、その可能性は……」とか呟いてるし。
私は平和主義者なので、争わずに済むならそれが一番なんだ。争いをはいつだって向こうの方からやってくるんだよう。回避できるなら私だって回避したいわ。
「……ソフィアの考えは分かりました。彼女はそれで納得を?」
「今のところは再戦を挑まれてません」
「そう。それは良かった」
お母様が心底ほっとしたように見える。これって結構すごいことでは。
ミュラー、私のお母様からの印象悪すぎないかな。
これは一度家にでも呼んで、仲の良いところを見せつけておいた方がいいんじゃないかな。
「……三割?そこまで減らされても耐えるなんて……。ソフィア以外にも、凄い子はいるのね」
アイリスは、ミュラーをソフィアと同類の存在として認識した。
常識外枠である。




