ミュラーを倒した魔法
信用は、得るには時間を要するのに反し、失うことはひどく容易い。
そして私はお母様に信用されていない。
つまりはそういう事だった。
「そういえば、最近は新しい魔法を作ったという報告を受けていませんでしたね。……いくつ作りました?」
もうね、隠れて作ってること前提。
流石お母様は自分の娘のことをよく理解していらっしゃる。その信頼の深さに涙が出そうだよ。
「そんな、作ったと言えるようなものはないですよ。今使っている魔法も充分に有用ですし――」
「先日のミュラーさんとの試合では妙な事が起きたと聞いていますが?」
論点をズラそうとした途端、お母様から物言いがつく。
んっんー、お母様ってば何処からそんな情報を仕入れてくるのかしら。その諜報能力で私の苦労も是非とも察して〜。
あの殺る気満々だったミュラー相手に無対策だったら、私は今頃ベッドの上で療養中だ。
「あれは魔法というよりも技術的なもので……えーと、お母様ってご自身の魔力は動かせますよね?」
「当然でしょう」
とはいえお母様相手に友人の危険さを滔々と語るつもりもない。ミュラーには前科もあって、お母様の印象があまり良くないことは知っている。
なのでお母様の大好きな魔法の話をしましょうと誘いかければ、あっさり誘いに乗ってきた。
説明するにも実際にやって見せた方が早いかと思って試しに魔力を動かしてもらったんだけど、お母様の行動は私の想定とは違い、体内の魔力を活性化させるだけに留まった。私の魔力視を知っているからこその認識のズレがあったみたい。
魔力が動いてるのは確かだし、別にそれでもいいと言えばいいんだけど……。
自信満々に「当然でしょう」とか言うから凄いの見せてくれるのかと期待しちゃったよ。その程度なら確かにできて当然だよね。
というか、体内の魔力操作くらい貴族の子供なら誰にだってできる。
その一方で、魔力を体外に留めて操ることは【賢者】と呼ばれるお母様クラスの熟練者にとってもかなり難しいらしいとは知っている。けれど、お母様は私のお母様なので。
私が魔力視を使わなくても可視できる程の魔力塊で、ほいほ〜いとお手玉のようにして魔力制御の訓練しているところを見てからは、お母様も大分練習をして少しは真似できるようになってたはずなのだ。
お母様は私にとって「一般的な魔法使いってこーゆー人」としての指針みたいなところがあるし、今はどの程度できるようになってるのか見てみたくはあったんだけど……。
まあ、今じゃなくてもいいか。
体内の魔力だろうと私の目にはハッキリと見えているから問題はないし、むしろミュラーが《加護》を使っていた状況にはこちらの方が近いとも言える。
とはいえこのまま魔力を絶っても変化が分かりづらい可能性があるので、どのみち魔法は使ってもらうのだけど。
よどみなく、綺麗に流れるお母様の魔力を眺めながら、適当な魔法を使ってもらうよう指示をした。詠唱の後、ぽっ、と手のひらの上に魔法の火が灯る。
火種も無く、宙空で燃え続ける炎。
何度見ても不思議な感じだ。
「できましたよ。それで?」
「そのまま維持していてください。その大きさのまま、消さないように。……そのお母様の魔力に、私の魔力を干渉させると……」
「んっ!?」
魔力を乱した途端、身体をびくりと反応させ動揺の声を上げるお母様。
火は大きく揺らいだものの、すぐに安定を取り戻す。おお、消えなかったとは意外だ。流石は賢者と呼ばれるだけあるね。
「……今の、手加減しましたね?」
「え? ええ、それはもちろん……」
何故だろう、お母様が不機嫌だ。
まさかお母様の反応を見て「もう少し強くしてたらもっと良い反応が見れたかもしれない」と思ったことがバレただろうか。いや、それなら怒り方が違うはず。藪をつついて蛇を出すような真似はするまい。
「ミュラーさんにやったのと同じようにしてみなさい」
「えっ、いいんですか」
あ、つい本音が。やばば、お口にチャックしよ。
幸いお母様は、私の言葉を挑発と取ったようだ。賢者としてのプライドに火でもついたのかね。私には好都合だから何だっていいけど。
「たぶん魔法消えちゃうと思いますけど」
「構いません。身体に危険はないんでしょう?」
「ええ、それは大丈夫ですけど……。なら、いきますよ」
「は、ぁあっ!?」
おー、良い悲鳴。秒殺って気持ちいいね。
とても簡単に魔法を消されてしまい、明らかに不満気な視線を向けてくるお母様からはそっと顔を背けさせてもらった。
あらかじめ予防線を張っておいた私、グッジョブ!
「……もう一度です」
「はい?」
「次は消させません」
早口で詠唱を行い、再度火が灯された手のひらがずずいとこちらに差し出される。
「え、と……。……これ、頑張っても耐えられないと思うんですけど……」
「いいえ、耐えます」
なんなのその自信。
その後しばらくの間、私はお母様の要望に従い、お母様の艶っぽい悲鳴を聞き続ける羽目になった。
悔しそうなお母様はとても可愛かったです。
ソフィアには敵わないと理解はしても、無力化されるのだけは避けたい母の矜持。
そんな気持ちも知らずに自信をベキボキとへし折り続けるソフィアの姿は、彼女の瞳にはどう映っているのだろうか……。




