マンガが来たよ!!!
平和だ……。世界はなんて平和なんだ……。
ミュラーとの本気での一戦とかいう人生最大級の苦難を無事に乗り越えた私は、現在とても心休まる日々を過ごしていた。
お兄様は相変わらず優しいし、お母様にもここ最近は怒られてないし。
学院でも友達と毎日楽しくおしゃべりをして、懸念してた賢者アドルフの授業も急遽取りやめになったりだとか、めちゃくちゃ穏やかな日常が過ぎてゆく。
あまりにも平和がすぎて、「これってもしかして嵐の前の静けさってやつなんじゃ?」なーんてフラグめいた事を考えちゃったりなんかもしちゃったりして。
それでも、私の穏やかな時間に終わりは来ない。
たとえ女神が消えようが、国中で魔物が増殖していようが。
世界が家と学院でほぼ完結している私にとっての平穏は、変わらずにずっと続いていくのであった。
完。
「リンゼちゃーん、次のページ持ってきて〜。次はねー、えっと、頭に『3』って書いてあるやつ〜」
「はいはい」
ふう、と一息吐きながら身体を伸ばし、私はつい先程読み終わった最後のページを、脇に積み上げられた紙束の一番上にそっと加えた。
……うーむ。うむむむぅ。
……リンゼちゃんが来る前は、元々使用人たちの中で一番身近とも言える人だった訳だし、現時点でもリンゼちゃんの実姉という圧倒的な好感度補正があるから、極力身内びいきは避けようと思って厳しめに採点する気で読んでたんだけど……。
アンジェ、マンガを描く才能があるんじゃないかな? 私が描いたのよりよっぽど上手いんですけど……。
――かつて私は、我が家に務めていた使用人たち全員にマンガの概念を伝え、描かせてみようと試みたことがあった。
その中でも最も理解が早く、興味とやる気、そして何よりも実力を兼ね備えていたのが、リンゼちゃんの実姉であるアンジェである。
残念ながら彼女は若く、結婚の為に我が家を辞することとなったのだけど、その後も手紙のやり取りを通じてマンガを描いたら送ってくれるようにと頼んでいたのだ。
だが平民である彼女にはマンガなんかにかまけている時間も、金銭的な余裕もなく、私のお願いは果たされないかもしれないと半ば諦めていたところに、このお手紙が届いたのだ。
『以前から頼まれていた物ができましたのでお送りいたします。家族以外に見せるのは初めてなので、おかしなところがあれば遠慮なくご指摘くださいませ』
手紙……っていうか、もはや箱。紙束を入れた箱が届いた。しかも百ページ超えの渾身の大作。これって渡してあった紙全部じゃないか?
もしも必要経費として渡してあった紙を「これに描いて送ってきなさい! 一枚たりとも無駄にすることは許さないわよ!?」なんて意味だと思われてたのだとしたら、私の想定していた試作マンガ完成までの時間と大幅なズレがあったことにも頷ける。
そりゃ時間もかかるよねって感じだったんだけど、そんな申し訳なさも吹き飛んじゃうくらいに、これがまた面白いのよ。
女の子と野うさぎが出会い、友達になって一緒に遊ぶ。
要約しちゃえばそれだけの話なんだけど、絵がとっても上手でね。コロコロと表情の変わる女の子とうさぎの無表情さの対比がまたいいのよー。
本人曰く、これでもデフォルメしてるとは言うんだけど、やっぱりデフォルメの概念が上手く伝わってない気がするんだよね。単なる感性の問題かもだけど。
でもこれだけのものが描けるのなら、絵がマンガっぽくない事なんてまるで問題にならない。
彼女はマンガという娯楽を世界に広めるきっかけとなった人物として、歴史に名を残すことになるだろう。
というか私がそうする。
専業漫画家としてデビューさせて、たくさん続編作ってもらうんだ〜♪
アンジェはお金がいっぱい稼げて喜ぶ。私はマンガがたくさん読めて喜ぶ。みんながハッピー、いい事しかないね♪
「ふんふふ〜ん♪ 久しぶりのマンガちょー楽しい……ん?」
これ読み終わったら、早速アネットの商会で販売体制を整えて貰わなくっちゃ! ……なんて考えてたら、マンガの方で超展開が起きていた。
取るページを間違えたかと、積み上がった紙束を確かめる。……崩れたりとかしてないもんね? 一つ前のページを見直してみた。
――うさぎが寄ってくる。女の子は迎え入れる。いつも通り仲良しな一人と一匹。
先程のページを改めて見る。
――お腹を鳴らす女の子。目の前にはうさぎ。見つめ合って――こんがり焼けたお肉を、美味しそうにむしゃむしゃ。
次のページを見ても、その次のページを見ても、仲良しだったうさぎは出てこない。代わりに女の子は新しく登場した鹿と仲良しになっていた。何事も無かったように楽しげに笑う女の子。
……いやこれダメでしょ!? 何コレこっわ!! ほのぼの系じゃなかったの!!?
常識が違うとはいえ、まさかペットを……いやペットじゃなくて野うさぎだったけど、それにしたって食べ……食べるか普通??
ダメだ、理解できない。
そしてアンジェの感性がズレてるのか私の感性がズレてるのかも分からないままでは、マンガを売り出すことなんて出来やしない。
最悪の読後感を少しでも紛らわそうと、私は大きくかぶりを振った。
……アンジェとはもう少し、マンガというものについて話し合う必要がありそうだね。
もしや練習用の紙が足りないのかと忘れた頃に送り付けるソフィア。
もうすぐ完成という頃に追加の紙とインクが届き、続きを強要される悲劇の平民女性、アンジェ。
常識の違いは、時に悲しいすれ違いを引き起こす。




