ロランド視点:ソフィアの本気
こんな大事な日に、不運な事だ。
「急ごう。運が良ければまだ間に合うかもしれない」
「ああ! 全く、なんだって今日に限って……」
ヒースの愚痴に心の中で同意しながら、通い慣れた道を足早に進む。
今日はソフィアとミュラーがお互いに本気で戦い合うという貴重な機会だというのに、思わぬ邪魔が入ってしまった。
急な用件だと言うからわざわざ対応する時間を取ったというのに、あの伯爵の要請が、まさか騎士団の一部の暴走だとは……。
騎士の事情には知識以上の知見がない我が家で育った為ピンとは来ないが、どうやらミュラーの【剣姫】という二つ名は騎士たる家の者たちにとって大層な意味を持つらしい。
多少無理はしたが、正式に剣聖から許諾を得ておいて良かった。
剣聖の公認とヒースクリフの機転がなければ、恐らく今もまだ、王城で下らない愚痴に付き合わされていたことだろう。
……ヒースも随分と優秀になってきたな。
それでもまだ、ソフィアとの婚姻を認めるつもりはさらさら無いが。
友人として一定程度の信頼は置けるようになったと、評価をするのにやぶさかではない。
「この先だ」
「開けるぞ」
扉の前にまで着けば、この中で今まさに試合が行われているのだとよく分かる。
裂帛の叫び声。《加護》で補強された木剣同士がぶつかる烈しい衝突音。
それらの合間に時折混じる笑い声は、一方が優勢だという事実を余すこと無く伝えてくる。
噎せ返るような戦いの熱気に当てられて、ぶるりと身体が震えた。
「おい、ロランド」
先に試合の様子を見たヒースが焦ったように呟く。
同じように戦いの場へと視線を向ければ、ヒースが何を言いたいのかはすぐにわかった。
――ソフィアが凄まじい攻撃に曝されている。
あれが、ミュラーの本気か。【剣姫】の二つ名を与えられた者の実力とはこれ程なのか。
抵抗することも出来ぬまま、一方的に嬲られ続けるソフィアの姿に、なりふり構わず飛び出したい衝動に襲われた。……が。
「これも防ぐの? うふふ、すごいわ!! 初見でこの技に引っ掛からなかったのはソフィアが初めてよ!?」
恐らく……その必要は、ない。
剣聖曰く、未だ《加護》を使えるようになった程度の自分には何が起きているのかさえ把握する事は出来ないが、聞こえてくる声や二人の様子からすると、あれでソフィアは剣姫に認められるほどの戦いを立派にこなしているらしい。
やはりそうか、と思うと同時に、何故自分は同じ技量を持てないのかと悔しく思う。
才能に恵まれなかった身の上であれもこれもと手を出していれば当然の結果ではあるのだが、それでも、と願わずにはいられない。
たとえ自分には手の届かないものだと分かってはいても、あまりに眩しいその輝きを間近でずっと見守っていては、どうしても憧れずにはいられないのだ。
「これは……驚いたな……」
ヒースの声で我に返る。
自分とは違い、それなりに優秀な王子様でも、この二人の戦いには感嘆の声を漏らすことしかできないらしい。
「驚くのはまだ早いぞ」
「え?」
だが。
そう、ミュラーの本気は【剣姫】と呼ばれるに相応しく、あの目にも止まらぬ怒涛の連続攻撃に対抗できるのは、それこそ剣聖であるバルスミラスィルくらいであろうと誰もが思う事だろうが、しかし。
その猛攻を前にして、ソフィアは未だに立っている。
自分に向けられたなら一秒と経たずに倒されているだろう攻撃を、倒れること無く受け続けている。
今にも戦闘不能になる攻撃を受けてしまいそうな危うさを感じさせるものの、それはまやかし。
悲鳴をあげながらがむしゃらに防いでいるようには見え るが、ソフィア確かに倒れることなく、ミュラーの剣撃の前で、己の身体を守り通していた。
――それからほどなくして、状況は一変する。
攻めるミュラー、守るソフィア。
戦いの構図はそのままに。
けれど激しい攻防を続ける二人から受ける印象は、初めの時とは全く真逆のものと成り果てていた。
「ふうっ! ふうぅっ!!」
――ミュラーの様子が明らかにおかしい。
美しく、まるで疾風の化身のように自由だった剣技は、急所のみを狙って暗所に潜む、毒蛇のように窮屈で。
流れる汗と荒い呼気を振りまきながら必死に攻撃を続ける様は、まるで追い詰められた野生の獣を彷彿とさせる。
「なあ、これ……」
ヒースには目の前の光景が信じられないらしい。言葉を失い、呆然としている。
僕にだって、何が起こったのかは分からない。
ただ分かることは、我が家で剣聖を相手にした時と同じように、ソフィアがきっとなにかをしたのだという事だけだ。
「見ての通りだよ」
ソフィアは成長が遅く、身体は子供のように小さい。
でも、だからといって。見た目通りにかよわいだけの少女じゃあないんだ。
「これが、ソフィアの本気だよ」
ソフィアの本気。
そう言っては見たものの、きっとこれでも全てではない。そんな予感が……いや、確信がある。
――底の見えない、万能にすら思える強さ。
けれどそれが与えられたのは、ただの心優しい女の子で……――。
――その後ますます激しさを増したミュラーの攻撃を見事に全て捌ききって、ソフィアはこの戦いに勝利した――
素の悲鳴を喚きながら防戦一方なところとか、恐怖心を煽られまくって汗でびちゃびちゃなところとか。
ソフィアが見られたくないと思っている事を理解して、こっそりと観戦してくれる女心の分かる優秀な兄、ロランド。
カイル君も少しは見習った方が……あ、ソフィアは女として見てない?変なこと言うと調子に乗る?ごもっともですね。




