剣姫vs聖女、決着
――顔を狙った突きは、思ったよりも容易く回避することができた。
まあ、あらかじめ来ると分かってればこんなものよね。
距離もないのに軌道の修正をしてきたのには驚いたけど、思い描いていた速度との違いにでも驚いたのか、さしたる脅威には感じなかった。
そしてこの攻撃を最後に、ミュラーの圧倒的優位は終わりを告げる。
ここからは、虐げられた魔法使いの反撃のお時間ですよっ!
――なんて思っていた事もありました。
「ふうっ! ふうぅっ!!」
息を荒らげたミュラーがなりふり構わず襲ってくる。
汗で濡れた髪を額に張りつけながら、一瞬たりとも止まることがない。
思う通りに動かないだろう身体を気合と根性で動かし、執拗にプレッシャーを掛け続けてくる。
私の身体強化、未だに最大出力。
ミュラーの身体強化、三割程度に減衰。
なのに決着がつかない。つけられない。
いいかい、三割減らしたんじゃない。三割「に」減らしたんだ。
もちろん初めは少しずつ、《加護》に使ってた魔力に干渉して徐々に徐々に力を削いでいってたんだけど、ぶっちゃけミュラーが全然弱くならなかったんだよね。ミュラー弱体化作戦失敗の危機。
あれ、なんで効かないの? と思いながら削る魔力を増やしていって、五割程に減らしたあたりからようやく効果が目に見えてきたってわけなのさ。
で、そこからが地獄の始まりですよ。
死角からの一撃とか残像剣とか、速度が必要な攻撃の脅威度は確実に下がったのに、ミュラーの気迫だけが倍どころじゃなく膨れ上がってくの。弱くなってるはずのに強くなるの。おかしいよね色々と。
あーゆーのをきっと凄惨な笑みって言うんだろうな、って感じの、ギラギラした笑顔浮かべてさ。
余裕無さそうだし、口数も減ってるのに、前半でミュラーが繰り返してた「楽しいわね!!」って気持ちがますます高まってるのが伝わってくるの。こっちは全然楽しくないのに。
……なんか、取る手段を決定的に間違った気がする。
ミュラーが喜ぶってことは再戦を挑まれる可能性が高いんじゃないの? この試合が終わった後で面倒な事になったりしない?
攻撃をさばきながらも考える余裕を持てるようになったのは大変喜ばしい事だけど、肝心の考え事の行く末には、明るい未来は描けなかった。
人生って、ツラいことから逃げると別のツラいことが待ってる感じ、あるよね。
攻撃の頻度と速度が落ちる代わりに攻撃の鋭さと怖さが上がったミュラーの動きは、前半とは違った怖さがある。有り体に言えば突きがめっちゃ多い。顔だけじゃなくて、腹とか股間とかも突きでガンガン狙ってくる。ふつーにこわい。
そんでね。私が怖がると、ミュラーが笑うんですよ。
まるで「弱点みーつけた」「そこを狙えばいいのね?」と言わんばかりに、にやっ、て。それはそれは嬉しそうに。
めっちゃくちゃやりずらいんですよね。
だから早くこの恐怖の模擬戦を終わらせようとミュラーの魔力を奪いまくったのに、まだまだ全然動きまくるし。油断してないのに危ない場面も何度かあったし。
私も頑張って反撃とかしてみてるんだけど、もうね、全然ダメ。ミュラーに攻撃の隙をあげてる感じになっちゃうの。
動き終わりに合わせて攻撃した時なんか酷かったよ?
攻撃が届く! って思った瞬間に、自分の腕の影から木剣の先っぽがにょっきり生えてくるんだもの。
それもミュラーの様子に違和感を覚えて動きを一瞬硬直させたから見えるようになっただけで、普通に攻撃してたら多分、気付かないままに綺麗な一撃貰ってたよね。喉にガツンと。いや、ブスッとかな? 自分から突っ込む形になってたかも。……私じゃなかったら死ぬよ?
そんな事を何回かやられて、もう攻撃するのこわぁい、って感じなんだけども、ここまできたらもう勝ち切るしか道がない。
魔力を失ったミュラーの攻撃なら多分、防御を貫通はしないとは思うんだけど、それで今更頭に一発もらったからってミュラーが止まるとは限らない。わざと受けたら多分バレると思うんだよね。
だから、私は勝つ。
勝って、勝者の権利としてミュラーに再戦を諦めさせるのだ。
「はあっ! はっ、ぜはっ、はぁっ! ふぅぅっ!」
本当はこのまま体力切れを狙うのが一番楽そうなんだけど、ミュラーがまだまだやる気すぎてね。そんな悠長なことしてたらミュラーが身体のどこか壊しそうな気がする。
……だから、その、ね。
ちょーっと卑怯かもしれないけど、魔法でこう、ちょちょいとね。詰めの一手を打たせてもらおうかなと思いまして。
時間止めて休憩とかしてる時点で卑怯もなにも無いしね?
「く、うぅぅうぅっ!? なんっ、この、なにしたの……!? あうっ!」
ミュラーの魔力を削いだのは、強力無比な《加護》の脅威を減らす為だけではない。同時に魔法への抵抗力を減らす狙いもあったのだ。
というわけで、睡眠魔法どん。
堪らずにふらついたミュラーの隙を逃さず、頭頂部への一撃をゲット。バルお爺ちゃんへ確認。有効打と認定。
「そこまでだっ! 勝者、ソフィア!」
宣言を聞いた途端、身体中から力が抜けた。床へと無様に尻もちをつく。
ああ〜……つっかれたぁ!!
「な……っ!?まさか、剣姫に勝った!?」
「相変わらず不思議な勝ち方をするなぁ」
仕事を超特急で終わらせてきたヒースクリフ王子とロランドお兄様が密かに観戦していたようです。




