剣姫の本気
――ミュラーと本気で戦う。
それがどういう意味なのか、本当に理解していなかったのは私の方なのかもしれない。
「んぐぅっ! うっ、ううぅっ!」
「ほらっ、どうしたの!? 逃げてばかりじゃいつもと同じよ!? 本気で相手してくれるんじゃなかったの!?」
ミュラーの持つ獲物は私と同じ、一本の木剣のみ。そのはずなのに。
ミュラーが動けば突きと斬り下しが同時に迫る。
二つの攻撃が同時に放たれたようにしか見えない頭のおかしい二連撃を直感頼りに大きく避けても、避けた先では既にミュラーが攻撃直前の体勢で待機済み。息継ぎもできぬままに、再度の猛攻。エンドレス。
堪らずに呼吸をした一瞬の隙に木剣を打たれ、そこからはもう、距離だって離させてもらえない。
握った手が痺れる程に木剣は常に叩かれ続けているし、瞬きしてないのにミュラーのいない方向から攻撃の迫る音はするし、なんならミュラーの持つ木剣が常に二本以上に分裂して見えている。視力も思考速度も最大まで強化した上でなお、ミュラーの速度に追いつけないのだ。
魔法を構築する暇すらない。
それどころか、満足に思考する余裕さえ与えられない。
ミュラーの本気、ヤバすぎる。
「ふふっ、ふふふふっ! 楽しいわね、ソフィア!! 私の剣をこれだけ凌ぎきるなんて、流石はお爺様の認めた剣士ね!!」
「剣士っ、じゃ、ないっ!」
剣士でもなければ、凌ぎきってもいない。
これはただ、強化した私の感覚が危険だと訴えた場所に、同じく強化した木剣をデタラメに振り回し続けているだけだ。
あらかじめ魔法で肉体強化をしていなければ一撃だって受けられやしない。速度もパワーも異常が過ぎる。
なんなら今すぐにでも負けて試合を終わらせたいのだけど、この剣戟の嵐の中に頭を差し出す勇気は持てなかった。
「くっ……。こ、この――ひゃうっ!?」
このまま一方的にやられるのは避けたい――。
その想いから、せめて一矢報いようと反撃に転じる刹那。喉元を撫であげるような悪寒に従い引き戻した木剣が、ガッ! と硬い音を立てて何かを弾いた。ミュラーの笑みが一層深まる。
「これも防ぐの? うふふ、すごいわ!! 初見でこの技に引っ掛からなかったのはソフィアが初めてよ!?」
喋りながらも追撃の手は休まることを知らない。私の顔は今、さぞや引き攣っている事だろう。
死角から急所を狙った一撃に、反応できなければどうなっていた? 喉に木剣が深々と突き立っていたのでは?
もはや防御魔法があるから安心などという段階はとうに過ぎた。
ミュラーの攻撃は、きっと、私の防御を貫通しうる。
「はっ、はあっ、」
胸を痛いほどに締め付けながら吐き出される荒い呼吸が、劣勢であることを殊更に強く意識させる。
劣勢っていうか……なんで私はこんな目に遭ってるんだろう……。って、現実逃避したくなってきてる。
もうやだ。こわい。逃げたい。
当たったら死ぬほど痛そうな攻撃を未だ一度も身体に受けていないのだって、ほとんど奇跡みたいなものなんだ。
――だから。
やるのなら、今しかない。
ミュラーの怒涛の連撃にもほんの少しだけ慣れてきて、僅かばかりの思考能力を取り戻した今この時しか機会はない。
――ミュラーに気付かれる前に。
――ミュラーが私からまた、余裕を奪い去ってしまう前に。
ガカカッ!!
顔を狙って放たれた突きを力任せに弾き飛ばす。
けれどミュラーの体勢は崩れない。
攻撃をいなした次の瞬間にはもう次の攻撃の動作に入っている。フェイントを含めた三つの剣線。狙いは右肩と胸。それと首か。
咄嗟に受けようと腕を上げ――
「ッ、くぅーっ!!」
無理矢理力の方向を変え、全力で左半身を防御。正面の攻撃は第四の突きまで含めた全てが囮。
衝撃を受け止め両足が地面に着く頃には、既にミュラーの姿を見失っている。左後方から床の鳴る音。聴覚を頼りに回避しつつ振り返ろうとすれば、木剣の手元に強い衝撃。慌てて握力を強化して取り落とすのを防いだ。
「ああ、本当に楽しい! 抜けそうで抜けないこの緊張感、癖になりそうよ! ねえソフィア、これから毎日うちへ来て一緒に訓練しない? それなら今日は程々のところでやめてあげるわよ!?」
勝利を確信した上から目線。
ミュラーはもう、自分が負けるとは思ってもいない。
私は戦いが弱かろうと気にしないが、舐められるのは好きじゃない。
今のミュラーみたいに見下されて、恐怖で脅せば言うことを聞くと思われたなら、何が何でも反抗したくなる意地っ張りだ。
だからね、ミュラー――!!
「絶っっ対にお断り!!! それに、勝負はまだ着いてない――ッ!!」
「しまっ――!」
ミュラーが会話にかまけている間に思考を集中。魔力を掌握。
空気中に拡散する魔力とリンクを繋ぎ、私の意志を魔法として発現させる――ッ!
「《時間よ止まれっ!!!》」
――そして世界は、一切の活動を停止した。
静寂の中に、荒い息を吐く少女を一人残して。
「はあーーー、あー……。……死ぬかと思った!」
「うわ……うっわ……うわぁ……」
「すごい……!二人とも、本当にすごい……!!」
ソフィアの友人たちは試合をとても楽しんで観覧しているようです。




