リンゼちゃんはデレない
夕食、がんばった。
頑張ってお腹に詰め込んだ結果、部屋に戻ってからはベッドの上から動けなくなった。そのくらいがんばった。
今では間食が過ぎたことを暴露して夕食を減らしてもらうべきだったと後悔している。
お腹がくるちいです。
「それで? 私に聞きたいことがあるんでしょう?」
「そうなんだけど……うー」
いつも通り食後のお茶を持ってきてくれたリンゼちゃんに食べ過ぎに効くハーブティーを要求し、出されたレモングラスティーで多少の落ち着きを取り戻した頃。
私はベッドで楽な姿勢をとりながら、リンゼちゃんと話をしていた。
「その前に、このパンパンに詰まったお腹をどうにかする方法を教えて欲しいかな、って……」
叩くとぽんぽんと良い音を出すようになったお腹をさすりながら尋ねると、リンゼちゃんは一瞥して、一言。
「全部吐いてしまえば楽になると思うわよ」
「それ以外で」
考えないようにしてたのにホントやめて欲しい。言葉にしてそれが現実になったらどうしてくれるんだ。
夕食の時に心配してくれてたお兄様がスッキリした私を見て「ああ、やっちゃったのか……」とか思っちゃったら、私は以後、どんなにかわいらしい行動をとったところで「でもソフィアってこの前……」とお兄様の記憶に永遠の汚点が残り続ける事になる。そんな事になったらもう、お兄様の記憶を改変するしかなくなっちゃうじゃん。
昔のアイドルは言いました。
「女の子は、トイレになんて行きません!」と。
上から出すなんて以ての外だ。女の子に汚い部分なんて存在しない。いいね?
「リンゼちゃんも女の子なんだから、あんまり下品なこと言っちゃダメだよ?」
元女神様とはいえ、現在は人間の女の子でしかないリンゼちゃん。
そんなリンゼちゃんに女の子としての生き方をレクチャーするのは、人生の先輩女子として当然の使命だと思うのだ。
年長者としての使命感に従い、めっ! と女子力高めに注意してみたものの、やっぱり反応は薄かった。
も〜、相変わらずクールなんだから〜。
もう無視されるのにも慣れちゃったよ、とぶーたれていると、意外にもリンゼちゃんの視線が外れていないことに気付く。今日はデレの日なのかもしれない。
「恥ずかしげもなくお腹を晒してるあなたには言われたくないわね」
ぬ、お腹とな?
言い掛かりは良くないと自分のお腹を見てみれば、いつの間にか服がペロンとめくれてすべすべお腹がこんにちわしていた。いや夜だからこんばんわかな?
どうやらお腹を撫でているうちに触り心地を追求して素肌を直接撫でていたようだ。つるつるすべすべな自分のお肌が憎いね〜。
「なんか思ったよりも触り心地が良くて。あ、リンゼちゃんも触ってみる? リンゼちゃんなら触ってもいーよ」
「結構よ」
すげなくお断りされてしまった。ホントに気持ちいいのにな。
最後にお腹を一撫でしてから服の裾を直し、なんとなくベッドの上に正座。
……うむ。まだ苦しいけど、我慢できないほどじゃない。
姿勢を正してお腹の負荷を軽減しつつ、今度こそリンゼちゃんに真面目な質問をすることにした。
「それでね、リンゼちゃんに聞きたかったことなんだけど――」
女神として、人では知り得ぬ知識を持つリンゼちゃん。
その叡智の中に答えがあれば幸いと、私は今日マリーと話していて感じたことを、リンゼちゃんに説明した。
要するに、ネムちゃんに悪意が集まる理由である。
「――という事が起こってるらしくてね。原因とか、何か心当たりがないかなって」
そう、例えば――女神が消えた影響だとか。
遂に世界に影響が出始めたのではと心配する私に、リンゼちゃんは実にあっけらかんとした様子で答えた。
「その『ネムちゃん』というのは、確か魔族の子供よね? なら何も問題はないわ。それは魔族の特性よ」
「特性」
ほう、そうか。ふむ……ふむん?
首を傾げる私を見てか、追加の説明が成され始めた。
要求する前に補足してくれるあたり、リンゼちゃんも成長しているんだなあとなんだか感慨深くなっちゃって、お姉さん不覚にも涙がちょちょ切れそうになっちゃったよ。
もはや妹みたいなリンゼちゃんの成長は嬉しいけど、身長はまだ抜かさないでくださいとそろそろ懇願しておくべきか。胸は……まあ、うん。
……確かめない方がいいことって、あるよね。
「――というわけだから、あまり気にする必要は無いのよ。魔物と違って過剰に蓄えることもないし、放っておいても何にも影響しない。多少悪意を取り込んだりしたところで、魔族なら何も問題は起きないでしょう」
「そっかー」
そしてリンゼちゃんのおかげで、心配事もなくなった。
元女神様のお墨付きだ。これ以上安心できる言葉もない。
そして夕食をたんまりと食べて、心配事も無事に解消された私は、現在とてつもない睡魔に襲われているのであります。
「……ダメだ、限界。リンゼちゃん、私寝るわ」
「……そう。おやすみなさい」
何か言いたげだったけど、今は睡眠欲を優先したい。
まだ眠るには早い時間だけど、もはや私は限界だった。夜やる予定だったものは全て明日の朝に回そう。
「おやすみ……ぐー」
瞳を閉じて、三秒で夢の中へ。
夢の中で私は、ひたすら水洗トイレの水を流す業務に携わっていた。
何だこの夢。
水洗トイレが恋しい年頃……なの、か?




