マリーの気付き
――これは、心のキレイな人にしか見えない服です。
そんな言葉が脳裏を過ることって普通に生活してたらそう無いと思うの。
でも、今の私はまさにそんな気分。
まあ見えてないのは服じゃなくて、私が渡したぬいぐるみなんだけどね。
思えば今日のネムちゃんはどこかおかしかった。
いつもより口数が少ないし、気もそぞろだし、なによりめちゃくちゃ大人しい。
なんか変だなー、と思って見てみれば、異常はすぐに見つかった。
「ネムちゃん。その体勢、手が疲れるんじゃない?」
「んえ!? ……大丈夫! 元気だから平気!」
むしろ何故今まで気づかなかった、私よ。
ネムちゃんは腕を組んで座ってるんだけど、そのお腹の前で組んでる腕がね。不自然な空間をあけて浮いてるんだよね。不思議だねー。
ちょうどぬいぐるみが一体収まりそうな隙間とでも言えばいいのだろうか。
急に二の腕の筋トレでもしたくなったのでもなければ、その不自然な腕の中に見えないナニカがいると仮定するのはそう難しくない。
というか、私の目にはその姿を隠している存在がはっきりと見えている。はっきりというか、隠蔽に使ってる魔力が見えてるだけなんだけど、輪郭が分かればそこに隠れているものの正体くらいは分かる。
マリーってばいつの間にそんなことできるようになったの。
「(マリー……だよね? なにしてるの?)」
「(護衛だよ? 言われた通り、傍でこの子を守ってるんだよ)」
念話を飛ばせば応答があった。隠れてるのは私が渡したぬいぐるみであるマリーで間違いないらしい。
てか透明化できんの? なんで? いつから?
なんでこの子達は私の知らない間に私の魔法を習得してるんだろうか。私だって魔法の習得にはそれなりの苦労や挫折があるってのに、こうもポンポンと真似されたら溜まったものでは無い。
……ひょっとして、お母様も私に似たようなこと思ってたりしたのかな。だとしたら――
いや、お母様のは違うな。お母様が使える固有魔法って《無言》だけだし。
まあお母様の魔法だって確かに真似して使えるようになっちゃったけど、娘に真似されるのとぬいぐるみに真似されるのでは違うでしょ。受けるショックの差が激しいでしょ。てかこの子らもう完全にぬいぐるみの枠から逸脱してるよね。いっそ生き人形とでも名乗ればいいんじゃないかな。
いくらマリーたちが規格外とはいえ、見た目的にはぬいぐるみであることに違いはない。だから「常に持ち歩くように」と伝えたとはいえ、まさか授業にまで持ち込むとは想定していなかった。
まあ正直、機能としては思ったことあるよ。
ただのぬいぐるみの振りしてこの子達置いとけば、カンニングとかし放題だよねって。
とはいえネムちゃんも成績優秀者であるから、不正の心配なんかはしていない。してるのはむしろ、メリーとは違ってこれまで問題行動の少なかったマリーが、何故こんなリスクの高い行動をしているかという疑問、ひいてはネムちゃんの元に送り込んだ事で何か問題が発生したのではという心配だ。
ネムちゃんは、私の指摘を受けて先程の体勢が不自然だと認識したのか、今度は手を身体の横に伸ばしてだらりとしている。マリーを掴んでいる左手は、マリーが見えない人からしたらやはり中途半端に見えるだろう形で握られているが、ギリギリ自然に見えないことも無い。
まあもし仮に見えない何かがあるって誰かにバレたって、そう困ることはなさそうだけどね。
ただぶっちゃけ私が気になる。
渡した私が言うことではないのかもしれないけど、もう背も伸びてきて少女というより女の子と呼ぶ方がしっくりくる見た目になってきているネムちゃんが、授業中にぬいぐるみを抱いている光景はどうしても視線が吸い寄せられてしまう何かがあるのだ。
「(ねえ、マリー。カバンの中にいるとかじゃダメなの?)」
「(ダメじゃないけど、やっぱり近くがいいんだよ。傍にいるのといないのだと、食べられる悪意の量が違うんだよ)」
「(悪意?)」
なぜここでその単語が出るのか。
気になった私は、魔力視を発動。
悪意を感知する能力を高めてネムちゃんの周囲を探るも、気になる反応は見つからなかった。
「(……悪意がどうしたって?)」
警戒心が念話に乗ってしまったのか、マリーからの念話に緊張感が乗ったのがわかる。
いやぬいぐるみが緊張とか私も訳分からないんだけど、要は声に真剣味が増したというか……いやぬいぐるみなんだから声も作り物のはずで……あー……。
まあなんでもいいや。続き続き。
「(悪意は触れると食べやすいんだよ。濃い悪意は美味しくて、薄い悪意は全然味がしないんだよ。この子の悪意は美味しくないけど、この子の傍にいると悪意の方からやってくるんだよ。集まったらそこそこの味になるんだよ)」
悪意が集まる……?
私が知る限り、その特性は魔物が発生する時のみに起こる現象で、人に起こることは無いと思ったんだけど……。
ネムちゃんを見ると、眠たそうに瞳をトロンと蕩かせていた。めっさかわいい。
じゃなくて。
もしかしてこれが女神がいなくなった影響か……? だとしたら、次に起こることは……?
……今日も帰ったら、リンゼちゃんと相談だな。
授業中にも関わらず、その進行を全く阻害しない奇跡のスーパー通信手段。その名は《念話》。
マリー経由でネフィリムがその魔法を習得する日も近いのかもしれない。




