思春期少女は複雑怪奇
友人たちが離れていく。間もなく始まる授業の為だ。
――その頃合を見計らって、ヤツは来た。
「なあ。今日のお前、別に落ち込んでなんかなかったよな? むしろいつもよりスッキリした顔してるよーな……。何考えてんのか知らないけど、あんまカレンたちにいらない心配させんなよな」
言うだけ言うと、後ろの席に着席。
ジト目で睨みつけるのを意にも介さず、お次はカレンちゃんに向かって「あんまりこいつの言うこと真に受けない方がいいぞ。なんでもない事を深刻そうに話すのとか凄い上手いからな」なんてことを吹き込んでやがる。カイルぇ。
腕でもつねってやろうかと手を伸ばすと、あらかじめ予測していたかのようにひょいっと簡単に避けられた。
そのまま椅子ごと距離を取られるともう机の上にでもよじ登らないと届かない。当然、お淑やかな乙女は周囲の視線がある場所でそんなことはできないので追撃ができない。仕返しは封じられたも同然だ。
身長も腕も短い私には実に効果的で実に屈辱的な仕打ちだった。カイルめえぇぇ!!
「カイル、また私たちの会話聞いてたの? それに、私の顔も見てたって? あんまり私ばっかり見てるとまたみんなに質問責めにされちゃうよ?」
仕方ない。手が出せないなら口で負かそう。
困ったわ、幼馴染みの男の子がストーカー気質だってバレたらどうしましょ? と言外に伝えるも、カイルは私の言葉を鼻で笑った。
「そんときは『ソフィアの顔に食べカスがついてるように見えた』とでも言うわ。お前食い意地張ってるから説得力あるだろ」
はは、と軽口を叩くカイル。
私も思わず、にっこり笑顔になっちゃったよ。うふふ。
……どうしたんだいカイルくん。今日は随分と絶好調じゃないか? ええ?
久し振りにバトっちゃうかい? また昔みたいに泣かせちゃうよ? と笑みを深めていると、軽く袖を引かれる感触。
カレンちゃんが思いのほか真剣な瞳で私を見つめていた。
「……ソフィア。カイルくんの言ってたこと、本当?」
「いやこんな奴の言うことなんか信じなくていいから」
ほらあー! カイルが変な事言うから純真なカレンちゃんが惑わされてるじゃん! やめてよね余計なこと言うの!!
キッ! とカイルを睨むも、ヤツは肩を竦めて何処吹く風。反省の色なんて微塵も見えない。……なんて腹立つポーズなんだ!!
なんとかカイルにダメージを与える言葉を探そうと頭を巡らせるも、再度袖が引かれて集中が乱された。今度はなんですかカレンちゃん!
「ソフィア、スッキリすることが、あったの? 落ち込んでない、の……?」
「ん……」
ぐ、むぅ。なんて答えづらい質問を……。
それはその、なんだ。落ち込んではいたんだ。嘘じゃないんだ。で、スッキリすることもあったというか、結果的にスッキリしちゃったというか……。
返答に詰まった時点で答えがわかったのか、カレンちゃんは「本当にそうなんだ……」と呟くと、何故か落ち込んだようにしょぼーんとしてしまった。
あわわ、なんでカレンちゃんが落ち込むの。私は一体どうしたらいいの!?
「ちょっとカイル!?」
「いや俺に振られても……」
どうしようわけわからん。
もしかして騙されたと思って怒った? もう友達やめるとか言っちゃう系?
だとしたら私はその原因を作ったカイルに筆舌に尽くし難い罰を与えなければならなくなるんだけど本当にそうなのかな。もし本当にそうなら今回ばかりはいくら頑丈なカイルといえど心に傷を負うかもしれない。カレンちゃんを奪われた悲しみはそのくらいの対価がなければ癒せないと思うんだよね。
どこまでのお仕置なら耐えられるかな、と値踏みする目で見てしまったからか、カイルがガタッと派手な音を立てて距離をとった。いけない、ここはまだ教室だったか。抑えねば。
「むー……」
あれ、ネムちゃんがいつの間に反対側に……と先程までカレンちゃんがいた場所を見ると、なんと可愛らしい呻き声を上げているのはまさかのカレンちゃんご本人でした。しかもほっぺたまでまんまるに膨らませてらっしゃる。なんて可愛らしい!
「ど……どうしたの、カレン?」
可愛いけど、どうも、怒ってるっぽい気が、しなくもないか……?
この可愛い生物はいったい何に怒っているんだと先を促すと、カレンちゃんは「うー」と再度唸りながら不満の理由を明かしてくれた。
「カイルくんが、ソフィアのことよく分かってるの、ズルい……」
んんんっ!?! そ、そうきたかあ!?
た、確かにカイルとは幼馴染みで、言葉にしなくても伝わるものがあったりもするけど……。
「私はカレンちゃんとも、これからそうなれたらいいなと思ってるよ」
しっかと手を握りしめて必死にアピール。
大事なのは今じゃない。
未来をどう形作っていくかだ!!
そんな強い想いが伝わったのか、カレンちゃんの手にも力が篭った。
「……やっぱり、伝わってない……」
伝わってなかったらしい。なんてこったい。
ああでも、むくれてるカレンちゃんも可愛いなあとか思ってる間に先生が来てしまった。時間切れだ。
たとえこの手が離れようとも、私たちの友情は途切れないからね、カレンちゃん!!
「なんであれで分からないのかしら……」
他人の色恋には意外と目敏いミュラーが何かに気づいたようです。




