ダダ甘なのも時には困る
わたしね、おかーさまだーいすき!
だってね、おかーさまはね、ふだんはつんつんしてるけど、ほんとはとってもかわいいんだよ!
それにとってもやさしいの!
――脳内で五歳児くらいの私が、全身を使い一生懸命にお母様大好きアピールをしている。
その主張を聴きながら、約二年後に御歳十五歳となる大人と子供の狭間にある私は「成程、一理ある」などと上から目線で寸評した。
実際は一理どころか「Exactly!!」と強い同意を示したいところだけど、感情を昂らせすぎるとまた思考を読まれる恐れがある。
顔はあくまで不満気に。
けれど脳内では、先程から「おかーさまー、ばんざーい!」と幼女な私が喝采を叫び続けていた。
幼い私も可愛いな。
「ロランド。ソフィアから目を離してはなりません。この子を貴方に任せると言った言葉には当然そういった意味合いも含んでいます。もちろん気付いた上で話を受けたのでしょう?」
「はい……。すみませんでした」
お母様にお叱りを受けるお兄様はしょんぼりと項垂れている。
やめてぇー! お兄様をいじめないで!!
と普段なら思うところなのだけど、ここで止めるとお兄様を取り上げられちゃう可能性がある。
だってこの叱責は、要約すれば「ソフィアの傍には常にロランドがついていること」と言っているわけで、それは私にとって願ったり叶ったりな状況でしかない。
お兄様には悪いけど、私は断っ然! お母様を応援するよ!!
それにねー。今回はお母様の方に理がある気がするし?
――お母様に身体の心配をされた後。
私はこの身体の不調が心因的なものである事と、その原因がお兄様に部屋から追い出された為であることを告げた。
予想通り、お母様は「そんなことで?」と言いたげな顔をしたけれど、結局「少し待っていなさい」と傷心でよれよれな私を残し、お兄様のいる部屋へと入っていった。
感情を落ち着かせるのって時間がいるよね。
私が悲しみだけの思考から抜け、部屋に二人っきりで何してるんだろ、と考え始めた頃、バァン! と扉を開けてお兄様が飛び出してきた。
そして「ソフィア、すまなかった!」と突然の謝罪。
驚く私にされた説明は、お兄様の思考と行動の経緯を説明したもの。
まず、さっき執務室でお兄様は、昨夜のように私が人知れず悲しむ事態を未然に防ぐべく、私にくれた神殿騎士団という組織をもっと力のあるものに出来ないかと色々根回しする為に頑張っていたそうだ。
そして私が追い出された理由は、密かに頑張るつもりだったところを見られてしまった気恥しさ。
何をやっているんだと自己嫌悪に陥っていたところにお母様が来て、その、私の取り扱いの注意を受けた後、私が部屋の外で落ち込んでいると聞いて飛んできたそうだ。
つまり、あれだね。全部私の為って事だね。過保護ここに極まれりだね。
……………………ちょーぜつ照れるうぅぅううう!!!!!
――ってな事があって、お母様から目の前にいる私も大事に〜的な事を言われて反省したんだそうだ。
もうね、ニヤニヤしそうになる口元を隠すのに必死ですよ。俯いて顔をあげないようにすることしかできないんですよ。
なのにお兄様には、その俯いて肩を震わせる姿が昨日の私とダブって見えるみたいで、ものすんごい落ち込んでらっしゃるんですよ。
違うの、これは嬉しいだけなの。ハッピーの証なの。
でもお兄様が落ち込んでるのに満面の笑みとか浮かべられないじゃん?
度を越した笑顔は恐怖足り得ると私はお母様の笑顔から学んだのだけど、万が一でもお兄様が私の笑顔を見てそんな感想を抱くようになっては困る。
妹の笑顔は良い笑顔。
楽しい時に笑い、悲しい時にはしょぼくれる天真爛漫なソフィアちゃんは、人が落ち込んでいる姿を見て満面の笑みを浮かべたりなんかしないのだ。
「ソフィア……本当に済まない」
っと、紳士に頭を下げてきたお兄様からつい距離を取ってしまった。お兄様の顔が悲しげに歪む。
あああ違うの。顔覗かれるかと思っただけなの。近づかれるのを嫌ったわけじゃないの。
「こちらこそ……お兄様の真意に気付かず、申し訳ありませんでした」
むしろ私のせいでそんな顔させちゃってごめんなさい的な。
まあ、とにかくこれで仲直り。
お互いに謝って、この件は終わりっ。ね?
だから元気出して?
不安気にしてないで。いつもみたく、背筋ぴしってしよ? ね?
本気で落ち込んでるっぽいお兄様をなんとか元気づけようと、エッテに助力を求めようとした矢先。お兄様がお母様の方へと顔を向けているのが視界に入った。唐突に嫌な予感が沸き上がる。
「……母上は、ソフィアとちゃんと話せていますか? 実は昨夜、ソフィアは泣き疲れて眠った後、何度も『お母さん』と呟……」
「そうだっ! 今からお散歩に行きましょうっ!! 朝の散歩は気持ちいいんですよっ!?」
あかーん! それお母様違いなんですぅー!!
必死のインターセプトも虚しく、お母様は驚きに目を瞬いている真っ最中。そのまま見開かれた目が私を見たので、思わず顔を背けてしまった。
「……たまには散歩も、いいかもしれませんね」
優しい声なのに怖いってどゆこと。私の良心が悲鳴上げてるんだけど?
――その後、親子三人でのんびり庭を一周したが、どんな花を見ても私はちっとも心が安らがなかった。
絶対バラせない秘密を抱えてしまった……。
ニヤニヤしたり、妄想したり。その間に機会を失うのがソフィアクオリティ。
母の愛による読心術は本人が浮かれているため機能せず。
ソフィア以外は久し振りにゆったりとした、楽しい時間を過ごした。
ソフィア以外は。




