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在りし日の笑顔


 結局、魔力に頼らない対処方法としては。

 超巨大扇風機でも作るのがいいのではないかとの結論に至りましたとさ。


 ……いや、バカみたいだけどそれくらいしか対処方法なくない? だってホントに打つ手がないもん。


 要は魔力を一瞬で全て失うのが問題なわけで、その問題は向こうの世界の空気とこっちの世界の空気を混ぜて濃度を薄めることで解決できる。ならまあ、薄めるまでの時間を稼げたらそれでいいよねと、こんな具合で。


 そもそもが全て想像でしかないのは百も承知なんだけど、もしも、もしもこっちの世界と向こうの世界が穴ひとつで繋がったんだとしたら、空気ってそのうち混ざるはずじゃん? いきなりでさえなければなんとかなる気がするんだよね。


 そうなったらきっと、向こうの世界でも魔法を使える人が現れたりして……。


 うわ、それちょー楽しそう。

 学校中その話題で持ち切りになって、インターネット上に「魔法の使い方!」って動画が溢れかえって、世界中で魔法フィーバーが始まりそう。今まで物語の中にしか存在しなかったファンタジー世界の始まりだ。


 あ、でもみんなが魔法使えるようになったら犯罪とかも横行しそう。犯罪じゃなくても、ちょっと試しに〜って出力あげてみた魔法で家に火がついたとか、逆に水浸しになったとかのトラブルも続発しそう。で、火事場の馬鹿力が本当に馬鹿力になってて「何これ私って実は凄い力持ちなんじゃない!?」なんて誤解が多発するかも。


 あはは、あっちは魔法の発現に重要な「想像」って素養が出来上がってる人多いから、魔法使えるようになる人も多そうだよね〜。



 ――久しぶりに元の世界のことを考えた時から。やがてそこに思考が行き着くのは、必然だったのだろう。


 避けていたものに近付く可能性を見落としたまま、私は妄想の翼を広げ続ける。



 身体強化が一般的な世界になればスポーツ選手の意義も変わってくるかも。


 満員電車だってわざわざ苦労して乗る必要なんかなくて、車掌さんが「自分で走る方は電車が出発した後、周囲の方とぶつからないよう気をつけてお走り下さーい」なんてアナウンスとかしちゃって、電車のお尻にぞろぞろと通勤おじさんがくっついて走ってく光景が日常の風景になったりするのかもしれない。


「おはようございます部長。今日も素晴らしいフォームですね」「やあ加藤くん。いやあ、もうすっかり走って通勤するのにも慣れてしまったからね。健康的な上に定期代が浮いて妻もご機嫌。いい事づくめで身体だって軽くなろうというものさ。はっはっは」みたいな会話がそこかしこで聞こえたりして。


 となると電車は主に女性用になるのかな? スカートで走るのはさすがにちょっと遠慮したいもんね。


 私のいた頃もジャージ履いて自転車とかあったけど、あれ致命的に可愛くないし。多くの人の目がある場所でスカートたなびかせて走るとか相当勇気いるよね。通勤時間帯のレジェンドになれそう。


 そーゆー鋼メンタルといえば真っ先に思い浮かぶのが我が母なんだけど、あの人はあの人で変なこだわりあるし、むしろその状況だったら「如何にして車掌さんにバレずに電車に張り付くか、それが問題だ」とか真面目な顔して(のたま)ってそう。そしてバレても哄笑を上げながら逃げ切りそう。そして次の日も同じことをして「またアナタですか!」って何度でも怒られてそう。うちの母はそういう人だ。


 …………ああ、でも、もしかしたら。


 ふと、視界が滲んだ。


 緩んだ涙腺に気づかないふりをして顔を上げ、最後に見た笑顔を脳裏で思い浮かべながら、あの人が言いそうな言葉を想像する。


「手のかかる子供がいなくなったんだからもーー仕事なんて頑張らなくていいんだもんねー! あーこれで満員電車からも開放されるわー! これからはほどほどに仕事して目いっぱい遊び呆ける生活堪能しちゃおーっと♪ まずは何から始めようかしら?」


 ……あは、言いそう。

 飛び跳ねて元気に喚いてる姿が、容易に想像できるよ……。


 ――想像の中まで(やかま)しいお母さんを想像して笑みを浮かべようとしたけど、そこが限界だった。


 一筋、頬を流れる涙。


 一度意識したらもう、次から次へと溢れてきた。止まらない涙に、息が詰まる。


 ――……なんで? どうして、私が……ッ!!


 ありありと甦ってきたのは、あの日からずっと封じ込めていた感情。


 決して裕福ではなかったけれど、温かい家族がいた。確かな幸福に満たされた日常があった。


 それを唐突に奪われた絶望。憎悪。


 転生が夢ではないと理解した後は、憎むべき犯人の顔すら見れなかった自分に対する深い後悔が渦巻いていた。


 どうして。なぜ。


 日常に不満だらけの人や別世界に行きたがってる人なんて他にいくらでもいたでしょう!? なんで私が!!?


 そう叫び出したくなるのを、何度も……っ!


「キュー……?」


 昂り続ける激情に晒されながらも、心配して寄ってきたエッテを制止する。


 この感情は止められたくない。


 今はただ、長年封じてきたこの感情を、涙と一緒に流し尽くしてしまいたい。


 そうしたら、また明日から笑えるから。


 きっとまた、笑顔でこの世界を過ごしていくから――。



 声を殺して泣き続ける私を、二匹のペットとぬいぐるみだけが、静かな瞳で見つめていた……――。


「(キューイ)」

「(分かった。ソフィアが落ち着いたらまた連絡を頼むよ)」


ロランドの秘密情報網は今日も有効に活用されている。

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