仲良きことは美しきかな
大変珍しい事が起こりました。
起床後、いつもは決まった時間に部屋を訪れるリンゼちゃんがなんと、今日は日課に出発する時間になっても現れないのです!
これは寝坊かな? 寝坊なのかなっ?
まったくもー、しょうがないなあリンゼちゃんは♪
幼いながら地味に隙の少ないメイドさんが見せた千載一遇の好機……じゃなくて。
お仕事を放ったらかしたリンゼちゃんが、怖〜いおねえさんたちに苛められないように、ご主人様である私が今から起こしに行ってあげるからね♪ それまでぐっすり寝てるといいよ♪
いつもは私のだらしなさに呆れた溜め息を吐いているリンゼちゃんが、自身の失態を見られた時、一体どれだけ良い反応を見せてくれるのか。
動揺したりしてくれるかな? それとも、お母様みたいに誤魔化す系?
どの反応も捨て難い。
私はうきうき気分で、住み込みメイド用の寝室へと向かっていた。
――その道中。
「昨夜のは凄かったわね」
「ええ、そうですね。私も何事かと慌ててしまって……」
アイラさんとアネットという、これまた珍しい組み合わせが昨夜の事を話している現場に遭遇し、私は咄嗟に来た道を戻り息を潜めた。それは半ば、反射的な行動だった。
何故隠れる必要があったのか。
自分でも不可解な行動に理由をつけるとすれば、それはやはり、話している内容に対する僅かばかりの後ろめたさが原因だろう。
もちろん昨夜の件は私のせいでは無い。
つまり反省する必要なんて全くなくて、むしろ私だってヨルに安息の時を妨害された被害者といえる立場なのだけど、謙虚で思い遣りに溢れた私の善性が「もしかしたら私にも責任の一端くらいはあったのかも……」などという認識をしているのかもしれない。
なにせほら、私の部屋で起こったことだし。
私がヨルの要求に気楽に応えちゃったことが事件の発端と言えなくもないし。
なので私は二人の会話を聞いて、必要があれば謝罪をする義務がある。
これは決して好奇心からくる盗み聞きなどではなく、むしろ強過ぎる責任感が招いた盗み聞き……じゃなくって、えっとえっと、そう!
外の景色に目を奪われて足を止めたら、ちょっと話し声が聞こえてきただけだから……!
「私もこの家に来てしばらく経つけど、あそこまで激しいのは初めてだったから驚いたわ。女神様の御力ってやっぱり凄いのね」
「私は女神様がこの家に来られるという状況が未だによく分かっていないんですが……。そもそも女神様の御要件とは何だったのでしょう? その辺りの話は聞いていますか?」
「ソフィアちゃんにお願い事があったみたいよ? あの《アイテムボックス》って魔法があるじゃない? あの魔法で、何処か行きたいところがあったみたいで」
「女神様から頼られるなんて……。普通だったら考えられない事、ですよね……?」
「そうねえ。でも女神様の姿を拝見する事だって、普通に生きていたら無いのでしょうし……。……そういえばアネットさんはまだ、直接お会いしことはなかったんでしたよね?」
「ええ、そうですね。昨日の気配を思い出すと、やはり神と対面するなんて畏れ多いことなのではと考えてしまいますが……。この屋敷内では会ったことの無い人の方が少数派だというのは信じ難いことです。リンゼさんならまだ、緊張しないで話せるんですが……」
「リンゼちゃんは見た目も可愛らしいしね。それに、昨日のは特別よ。いつもは同じ部屋の中にいてもあんな気配は感じないもの」
「それを聞いて少し安心しました。私もこの家で暮らす以上、早く慣れないと……」
「この家というか、ソフィアちゃんの近くにいる以上、よね。本当に、この屋敷の中だけ別世界のようで飽きないわ。うふふ」
「それには同意します。ふふ」
なんだかめっちゃ仲良さそう。
なんだこの湧き上がる嫉妬心は。
私なんて、アイラさんと打ち解けるのめっちゃ時間かかったのに。アネットのあんな素朴な笑顔も見たことないんですけど。
ぐぬぬ、私の話題で盛り上がっているというのに私が混ざれないとはなんたることか。無理にでも混ざりに行けば、二人の笑顔が瞬時に質を変えるのが容易にわかる。私にも素顔でお話してよう!
こーなったらもうダメだ。
このストレスは当初の予定通り、リンゼちゃんに解消してもらおう。
まずはリンゼちゃんの寝顔を観察してー、至近距離から「これでもか!」ってほど観察してー、その後は無防備なほっぺたつんつんしてー、それでも起きなかったら平原が丘陵になっていないかのチェックでもしようかな。
寝てると身体に沿って肉が流れる分、普通だったら見極めの難易度が上がるんだけど……。
私らにはそんな心配いらないもんね! 寄せるほどの肉すらないし! あははのは!
……リンゼちゃんにまで裏切られたら軽く人間不信に陥りそう。そろそろ身長の差も縮まってきたし……。
早いとこ年相応に成長せねば。
そのためにはまず、ストレスのない生活が必要だよね。
待っててね、リンゼちゃんの寝顔! すぐ行くからね!
ソフィアの話しとけば大体話題に困らない。
屋敷に住む者の共通認識である。




