女神の「め」は迷惑の「め」
現在、私の部屋には女神ヨルが居座っています。
この女神様は神出鬼没。
私が出したアイテムボックスでもう少し遊んでいかれるようなので、その間に聞けることは全部聞いちゃうことにしました。
「ねーねーヨルぅ。この世界から魔物ぜんぶ消したりとかできないのー?」
「できるわよ」
できるのかよーう! なら早くそうしてよーう!
なんて感情を抱くような初歩的なミスはしない。
彼女は人とは違う理で生きる女神様。
リンゼちゃん同様、聞かれた事以外は答えない人種……神種? ともかく、そういう存在だと知っている。
なので、続く正しい質問の仕方は、こう。
「それってぇー、今の文明とか人々の営みとか、人の社会に大きな問題を起こす事無く魔物の存在だけを排除できるって意味じゃあ……ないよねぇ?」
女神から取り戻したベッドの上で、ごろんごろん。
ベッド端から頭だけを放り出し、逆さまになった視界の中でヨルが失敗作のアイテムボックスに侵入しようと試みるのを眺めながら、私は想定する答えが返ってくるように質問を投げた。
こちらも見ずに返答するヨルの言葉は簡潔極まりない。
「当たり前じゃない。魔物の存在は魔力と並ぶこの世界の根幹よ」
「でーすよねぇー……」
ごろんろごろごろ。
ベッドの上でうだうだとのたうちながら、私は考える。今の平穏な生活を続ける為に。
魔物は強くない。
けど、めっちゃ増えてるらしい。G並に増えてるらしい。
その繁殖力たるや、教育や防衛機構の常識が変わるレベル。ぶっちゃけ対応出来てる現状がもう奇跡以外の何物でもない。
……なんて言い切っちゃうと、努力してる人達に失礼なので。
人同士で争うこと無く、一致団結して困難に立ち向かう人々の努力と勇気が、人類を破滅の未来から救うという奇跡を成し遂げているのであったー。わー、ぱちぱちー。
完。
……ホント、完、ってことにしたい。完、ってことで良くない?
国内で膨れ上がる危機を悟らせることなく、これまで安穏とした生活を送らせてくれた事に感謝はあるけど、いざ自分がその努力をする側になると思うと、どーしても「面倒くさい」という感情が拭えない。
私は無限に湧き出る害虫はちまちま殺すのではなく、現れる原因から取り除きたいタイプだった。
気落ち悪さを我慢して自宅から一掃したはずの虫が近隣の屋敷から続々侵入してくることを突き止めた私が何度あの家の庭を燃やしたいと思ったことか。害虫の管理もできないのなら敷地の境で植物なんて育てないで欲しい。
結局あの時は話し合いで解決することができたが、今回の問題は魔物が原因。
その管理者は女神であるヨルと言えるのだろうけども、この管理者様は残念ながら人外なので、対等な立場での交渉など不可能。どころか人間なんて少し減らした方がいいんじゃないかとする過激思想の持ち主である。
下手するとやぶ蛇で人類が滅ぶ。絶滅危惧種になっちゃう。
どうするのが正解なのかと、ごろごろだらだら。
リンゼちゃんに「はしたないわよ」と指摘されるくらいのだるだる生物になりながら考えていると、ジュウ、と微かに、何かが焼けるような音がした。音の発生源へ目を向ける。ヨルの右手の先が黒いモヤになって失われていた。なにしてんの。
「ヨル、なにしたの?」
「……向こう側に、行けないかと」
ヨルは右手を再生させ、再度黒い穴に触れていた。どこぞの妹様に匹敵する好奇心だった。
まだ挑戦してるの? どうせそれ、失敗作だよ。
どこも繋がらなった不良品か、じゃなかったらあれだ。繋げた先には既に建物が建っていて、ヨルが触ってるのはその壁とか。うはは、壁からヨルみたいな美人が生えてきたら、普通の人はびっくりするだろうな。触ってるのがテレビの裏側だったりしたら完全にホラーだ。
そんなありえない妄想で楽しんでいたら、ヨルはいつか見た真っ黒ビームを穴に向かって放っていた。ってあっ、ちょ、太さが。あんまり太くすると、そろそろ直径が穴に収まらなくなりそう、ってオイィぃいい!! 今私が穴拡げるのとビームが太くなるのが同時だったぞ!! ちょっとは自重せいや!!
「ヨル、やめて! 家が壊れる!!」
これはヤバいと判断した私がアイテムボックスを部屋いっぱいまで広げると、ヨルもまた、太っちょビームを極太ビームへと進化させた。人生初体験レベルの魔力密度で怖気がヤバい。魔力視にはもう暴れ狂う闇しか見えない。
んなことさせる為に広げたんじゃないんだよ!!!
「やめろっつってんでしょ!!!」
別のアイテムボックスで頭上から強襲。
下半身まですっぽりと覆われたヨルは足しか見えない哀れな姿になっていたが、信じ難いことに、ヨルを覆ったアイテムボックスはその一部を欠けさせ、ヨルのビームに触れたと思われる部分の境界が不明の靄へと変貌していた。
「ふむ」
しかも一瞬でアイテムボックスの魔法が強制解除された。
迂闊に見せすぎたか、と失策を悔やんだ次の瞬間。
「参考になったわ。また来るわね」
え、と思う間もなく、気付けばヨルの姿は掻き消えていて。
後に残されたのは、濃密な魔力の残滓と、家人が慌てて部屋に近づく足音のみ。
私は改めて思った。
あれは女神なんかじゃない。
迷惑な神、略して迷神だと。
好き放題に振る舞って、後始末は他人に押し付ける。
こうして所業をまとめると誰かに似ている気がしませんか。ねぇ、ソフィアさん?




