カレンちゃんが男前すぎる件
無神経にも新しい彼女とベタベタしまくるウォルフのせいで、ミュラーがとても怖いです。
いっそ責任取って斬られて来いや。
と当然思いはするんだけども、いま本当にミュラーの前にウォルフを差し出したら、冗談じゃ済まなくなる可能性が否定できない。
「あははー、ふざけんなこいつぅ♪」と笑いながら甚振るくらいなら喜んで生け贄に差し出すんだけど、普通に刺されそう。言葉も躊躇いもなく即殺されそうで迂闊に提供できない怖さがある。
木剣とかお構い無しにズブリと腹部に剣を突き立て「最期にいい夢見れた……?」とか言っちゃいそうなヤンデレの波動が今のミュラーからは感じられる。正直なところ、なんでウォルフがまだ無事で済んでいるのか不思議なくらいだ。
まあウォルフが無事なせいで私たちがその分の迷惑をこうむってるんだけどね。
人身御供に差し出す気は無いとはいえ、問題引き起こしてる張本人が我関せずでイチャついてんのはかなーりムカつく。ミュラーも我慢せずに直接本人殴ればいいのに。そしたらちゃんと取り返しがつかなくなる直前に止めるし。
……自分が傷付けた女の子の心の痛みを、身体を張って受け止める。
ウォルフがそんな男前なところを見せてくれる事が、一番健全な解決方法だと思うんだけどな。もちろんミュラーと私たちにとってそれが一番望ましいという希望もあるけど。
「カレン、いいのね?」
「うん。私が相手になるよ」
そんな男の甲斐性も持たないダメダメウォルフのせいで、私のかわいいカレンちゃんが着々と武闘派の道を邁進してってるんだよなぁ……。どう責任取ってくれんの。
闘志を隠そうともしないミュラーの前に立つカレンちゃんはさながら、民衆を守る為に立ち上がった勇者様のよう。
カレンちゃんが勇ましすぎてツラいです。男子諸君も少しは見習え?
「今日はあまり手加減出来ないかもしれないわよ」
「それでもいいよ。……いつまでも、手加減されたままじゃ嫌だから」
ひうぅ、ミュラーのゾワッ気が増したよう。これ以上ミュラーのやる気を煽るのやめてぇ。
もうね、魔力視できない人ですら何かを感じ取っちゃうレベルで魔力ダダ漏れてるから。
カレンちゃんが男前で嬉しいのはよーく分かったから、その壊れた蛇口みたいになってる魔力の元栓閉めよう? ねっ?
そ、そうだ、先生。こーゆー時の為の先生じゃないか!?
この不毛な争いを止める義務を担う唯一の大人は何処ぞ! と視線をさ迷わせれば、先生はミュラーに折られた木剣を手に、普段は無駄に大きな身体を小さく丸めて地面にひっそりと蹲っていた。王子様が寄り添って「相手は【剣姫】ですから」と慰めている。役に立たねー!!
「ソフィア、合図を」
なんとかこの恐怖の一戦を止められないかと考えてたら逃げ遅れた。っていうか皆の逃げる速度が早い。いつの間に包囲がそんな遠くまで? いや危険を正しく認識してて素晴らしいと思いますけどね。
「……ホントにやるの?」
なんとか思い留まらせようと粘る私に、カレンちゃんが追加の催促。
「ソフィア、私からもお願い。……こういう時は、きっと思いっきり身体を動かした方が、気が紛れると思うの」
後半はこそっと小さな声で。
言ってる事は理解できるし、ここは友達想いなカレンちゃんの優しさに感動する場面だって分かってはいるんだけど、でもカレンちゃんだって見たことあるよね? ミュラーって模擬戦で床とかぶち抜いちゃう子だよ。思いっきり身体動かしたりなんかしたら剣圧だけで校舎とか真っ二つにできるんじゃないの? いや冗談抜きで。
…………なんかどの方面から考えてもウォルフ一人が被害者になるのが最善な気がしてきた。やっぱり後で引っ立てようか。
それでも今は「やっぱウォルフ叩きのめすので勘弁してくれない?」と言って止まる雰囲気ではない。この場を凌ぐためにも、カレンちゃんの提案に甘えるしかなかった。
「分かった。でも本当に気を付けてね?」
私もこそりと伝えると、カレンちゃんは微笑みを浮かべ。
「大丈夫だよ。だって、ただ身体を動かすだけだよ?」
本当に心配なんか抱いてなさそうな顔で、にこり。いつもと同じ笑顔を見せてくれた。聖母様かな?
とにかくこれで、世にも恐ろしい対戦カードが再び組まれる事となってしまった。
カイルを見れば、傷心の先生に代わり《加護》の使える生徒を等間隔に配置中。
観戦が避けられないなら必要な措置ではあるけど、それでも安全が担保されるかどうかは、対戦者二人の意識に大きく関わるところで……。
……ミュラー、カレンちゃん。
私、二人のこと信じてるからね……!!
「いつでもいいわよ」
「私も……!」
木剣を手に、距離を開けて向き合う二人。
私はすぐ観衆側に逃げ込めるよう、戦いに巻き込まれない離れた位置から、大きな声で――。
「それでは――はじめっ!」
――戦いの幕を上げた。
「…………折られた」
「相手が悪かったんですよ」
「斬られたんじゃなく、折られた……。剣技だけでなく、力でも負けた……」
「…………相手が悪かったんですよ」
先生、元気だして。
相手が悪かったんですよ……。そのクラス、そんなのばっかりですけど。




