一触即発、剣姫様
ミュラーの機嫌が直らないまま迎えた剣術の授業で、恐ろしいものを見た。
手合わせと称したミュラーと先生の打ち合い。
たったの一撃。
ミュラーはたった一回剣を合わせただけで、先生の持つ木剣を綺麗に叩き折って見せたのだった。
……なんで魔力で強度を増した木剣が折れるの?
魔力の密度が薄いとかならまだしも、戦闘態勢に入って受ける気満々だった先生の武器を真っ向からとか、もはや意味が分からない。
「ねぇ……」
「うん……」
ほらぁ、観戦してる女の子たちも怖がってるじゃん。いつものミュラーと何か違うって。それ本能的な恐怖ってやつですよと教えてあげたい。かくいう私も恐怖でどうにかなりそうなんですけどね。へへっ。
……いやもうホントに怖いんですけど。あれ絶対私の防御魔法貫くヤツじゃん。油断してたら脳天唐竹割りアゲインが現実のものとなってたよやばいやばい本気でやばい。
リミッターを解除したミュラーをここで見ておけて良かったと思う反面、こんな規格外な力を自分に向けられる日が来るなんて何かの間違いなんじゃないかと現実逃避したくなってる自分がいます。
…………やだぁ。あの人斬り抜刀斎みたいなミュラーに襲いかかられるのやだぁ。
ちょっと想像しただけなのに、勝手に身体が震え出して止まらないんですけど!
「ミュラー……すごいね」
「うむ、一撃必殺! 中々見事な剣筋であった……見えなかったけど!」
平常運転なネムちゃんはともかく、カレンちゃんはあんなミュラーに憧れないで。癒し系を貫いて。変わらないままの君でいて?
そんな「いつかは私も……!」みたいな顔やめてよ。
確かにカレンちゃんならあれ系の力業はすぐ真似できるようになりそうだけど、そもそも真似しようとしないで欲しい。
私がカレンちゃんの悩みを解決したのは決してミュラーと対等に闘える戦士を作り出す為とかではないんだから、もうちょっとこう、血の気を抑えてだね……。
どう伝えれば聞いてもらえるかを考えながらふとカレンちゃんの手元に視線を落とすと、その手に握られた木剣に魔力が込められていることに気がついた。
しかも柄の部分だけとはいえ、先程見たミュラーの得物に匹敵する頑丈さがありそうな見事な魔力の収束が……。
…………すぐ真似できるようになるとは思ってたけど、コツさえ掴めばこの授業中にでも修得しそうなレベルだった。
そうよね。それくらいできないとカレンちゃんの身体能力じゃ、簡単に柄を握り潰しちゃうもんね。肉体強化と同時に魔力の制御も練習してたんだね。ホントに偉いよ。
…………カレンちゃんの勤勉さに感動しすぎて、ちょっと涙出てきた。
私が真実を知ろうとしてないだけで、カレンちゃんはもうとっくに、向こう側なのかもしれない……。
「ソフィア」
「っ、な、なぁに?」
カレンちゃんの認識を「かわいい女の子」から「ミュラー並に強い女の子」に更新するべきか思い悩んでいる間に、先生を秒殺してきた剣姫様が眼前で笑顔を浮かべていた。
私ね、笑顔ってもっと、見てるだけで幸せになるべきものだと思うんだ。
見られてると身体の震えが激しくなる笑顔とか嫌すぎる。
「今日、私の相手をお願いできない?」
「ごめんやだ」
ちゃんと断れた私を誰か褒めてください!
そして同士女子諸君! 気持ちは分かるけど私を置いて距離取らないで! めっちゃ心細い!!
「そう……残念ね」
スッ、とミュラーの目が細まる。私はもう瞬きもできない。
こんな間近で瞬きなんかしたら、ミュラーなら五回は私を殺せる。
いや殺されないと思うけど。十中八九殺されないはずだけど。
でも「目を離したら死ぬよ?」って本能さんが警告するんですうぅぅ私も強くは否定できないぃぃ!!
永劫にも思える数秒が経ち、ミュラーの視線が外れると、私は柄にもなく肩で息を吐いてしまった。こんなに疲れたのはいつ以来だろうか。
しかしミュラーが顔を向けるだけで人波が動くのは見てるとちょっと面白いな。まるで目からモーゼ光線放ってるみたいで、ふふ。
何故かミュラーに移動する気配がないのがとてもとても気にかかるのだけど、きっと深い意味は無いに違いない。だから私が離れても――チラリと視線を向けられた。思わず硬直。
……誰か助けて? と視線で救いを求めるも、目が合った端から顔をガンガン背けられる。
あ、私も弱モーゼ光線ゲットだ、なぁんて……うふふ……。
………………いま大声で「急にトイレ行きたくなっちゃったので行ってきます!!」とか言ったら逃げられないかな。無理かな。
すぐに「私も」と着いてきて戦いやすい場所に誘導される未来が浮かんだ。観衆がいなくなって一欠片の加減すらも無くなりそうだ。却下却下。
――ゾワリ。
気配に異変。
ミュラーを見れば、その顔はあらぬ方向を――いや。
ひとりミュラーの視線を真っ向から受け止めるカレンちゃんが、威風堂々立っていた。
……本当にトイレ行きたくなってきたかも。
こんなのもう、授業で感じる気迫じゃないと思うんだ。
その頃ウォルフとその彼女さんは、男子たちによる人の壁で完全に隔離されていた。
ミュラーから即座に離れた一団でもある。




