お花畑ウォルフの浅すぎる事情
「ネムちゃんのほっぺたぷにぃー」
「ソフィアのほっべたぷにー」
「「ぷにぷにぃー」」
ネムちゃんと、お互いの頬の感触を楽しみ合う。
謎の遊びに興じて意識を外界からシャットアウトしている理由は、ひとえに教室の片隅でイチャつく一組のカップルにあった。
……いや、正確には、そのカップルを見て局地的ブリザードを発生させているミュラーのせいだけど。
我々は花の学院生。恋に恋するお年頃。
クラス内カップルもそう珍しいものでは無いが、その片割れが名高き【剣姫】様の想い人ともなれば話は別だ。
正直なところ、私はこの教室中に吹き荒ぶ氷獄のような寒気を一切無視して二人だけの世界を構築しているウォルフたちの事を今、とても尊敬してしまっている。ウォルフもその彼女もミュラーの強さはとてもよく知っているだろうに、まるで意に介さないで煽り祭りを開催できる強メンタル。見てるだけでいつ斬られるかとハラハラしてるこっちの方が神経持たない。
一見黙って座ってるだけに見えるかもしれないけど、何度かミュラーに剣を向けられた私には分かる。
今のミュラー、完全に戦闘態勢に入ってるよ。
次の瞬間にウォルフの悲鳴が聞こえたとしても「ああ、やっぱりな」としか思わない程度には射程圏内にいるんだよキミら。自分の命がいまミュラーの気分ひとつに委ねられてるって事をちゃんと理解してる? してないよね??
本気で危うすぎて見てらんないから、さっさとこの緊迫した教室の雰囲気に気付いて是非どこか人目のないところに移動してからイチャイチャの続きをするよう平にお願いしたい所存。
あ、ほら見て? 今ミュラーの手がピクってなったよ?
いや待って、あの子なんで木剣すら持ってないのに手にあんなに魔力集めてるの!? やめよう!? いくら素手でもそれだけ魔力込めた手で殴られたらウォルフが死んじゃうからやめよう!? ウォルフも早く命の危機に気付いて彼女さんも周り見てお願い刃傷沙汰になる前に逃げて早くぅ!!!
「……? ソフィア、なんかキンチョーしてる? ネムと遊ぶのつまんない?」
「ごめん……。そーゆーわけじゃないんだけど……」
ネムちゃんに言われて、自分の身体が思ったよりも余程緊張していたことに気がついた。息を吐いただけで肩から力が抜けるのが分かる。ガッチガチだった。
やっぱあれかな。ミュラーって前科あるから、油断が出来ないというか……。
前とは状況が違う。
ミュラーが力の差を考慮せずにやりすぎるとも思えないけど、それが可能なだけの能力があることは知っている。だから万が一があるかもと、どーしても意識してしまう。
…………むしろ逆に、我慢なんてさせずに一回ボコボコにさせる方がいいんじゃないかな?
我慢させ過ぎて加減が出来なくなる前に、適度にストレス発散させておけば、万が一が起こる可能性はなくなるんじゃ……。
「……ふむう? ソフィア、ミュラーが気になるの? ミュラーと遊びたい?」
「ううんネムちゃんとだけ遊びたいかな!!」
やめてください、あんな一触即発状態のミュラーに認識されることを考えただけで身体が震えちゃうのでやめてください。
これ以上ネムちゃんが余計な事を言い出す前にと、私は真面目にネムちゃんの相手をすることにした。
「実はネムちゃんの喜びそうな道具を用意してあります」
「なぬう!? どこ!? はやく! はやく出して!!」
ネムちゃん、大喜びで机をバンバン叩いて催促。教室中の視線が集まったのが分かる。
……や、やめて。あんまり大きな音出して刺激しないで。
興奮するネムちゃんの両手を取って音の発生源を取り除き、同時に防音結界を弱めに発動。内側の音が外に漏れにくいように細工した。
「えっとね……これなんだけど」
興奮するネムちゃんを宥めつつ、取り出したおもちゃは……赤べこ。
赤い四足の獣……多分牛の人形が、首をカクカクと揺らすだけの、簡素な造りのおもちゃである。
一目見たネムちゃんの反応は――沈黙。
あまり興味を引きすぎると騒がれると思って咄嗟に出す品を変えたけど、もしかして格を下げすぎたかな……と危惧したが、要らぬ心配だったようだ。ツンツクと頭を突っつき始めた。
「む? ふむー。……なんかわかんないけど、楽しい気がする!」
「それは良かった」
お気に召したようでなによりである。
さて。一方ミュラーの方は、と……。
「……なぁ、あれって……」
「しっ! ……て…………、…………らしいのよ」
お、ウォルフたちが自重を始めたせいか、教室の空気が少し緩和したみたいだ。耳を済ませば事情通の会話が聞こえてきた。
「つまり、休みの間に二人が?」
「そう。後押しを受けたあの子が迫って、そのまま……。ウォルフくん、初めてだったみたいで」
「ああ、それでハマっちゃったと……」
「やっぱり身体の相性って大事よね……」
ああ、はい。遮音結界を発動。ミュラーには……聞かれてないね。
たったの一言で全ての事態を把握した。
ウォルフは一回、ミュラーに斬られればいいと思うよ。
「やっぱり、男子って……」
善人が、常に善良とは限らない。
この世界で暮らし、そんな事ばかりを学ぶソフィアであった。




