王子様との距離感
進級後、初めての授業。
相変わらず既に学んだことの復習でしかない話を聞きながら、私の意識は教室後方――ヒースクリフ王子の方へと向いていた。
……神殿騎士団なる組織の中で、唯一私との関わりが少ない人物。
去年お兄様と話をしてから、異様な程に関わってこなくなった人物でもある。
そのスタンスは今も変わらないようで、彼が意識的に私を観察するようなことはない。……ただ、彼のお付きの少年は時折、睨むような視線で見てくるけれど。
……なんだかなぁ。
あの王子様の真意が見えない。
初めは私を揶揄って遊んでいるのかとも思ったけれど、あの熱量はどうも本気で私の事を好きっぽいし。その割りには学院ではこんなに大人しいって……そんなことあるもんなのかね?
大体王子様には黙っててもキャーキャー言い寄ってくる女の子たちが大勢いたのに、その子たちを追い払ってまで私の神殿騎士団に入る為だけに剣の訓練? 魔法の練習? うさんくさぁ、って思うよね。
お兄様の言葉を疑うなんてあるはずない。ないけど、でもヒースクリフ王子にそこまで一途に想われるような理由が私にはまるで思い当たらない。
私、自分で言うのもなんだけど、クラスの中で一番性格悪いよ? ひょっとしてヒースクリフ王子ってロリコンさんなの? もしくは処女好き?
私を選ぶ理由なんて本気でそれくらいしかないと思う。それともあれか。うぶな女の子を自分の手で染め上げたい的な性癖があるのか。とんだ変態王子だな。
…………なんか考えれば考えるほどドツボにはまる気がしてきた。
私には変態に調教されたい願望なんてないんだ。調教されるなら是非、お兄様に!!
お兄様が相手だったら、私はどんなマニアックな行為だろうと受け入れるよ。首輪にリードで繋がれて「ほら、餌だよ。手を使わずに食べてね」とか言われても尻尾を振って従っちゃうよ。
お兄様のペット……いいね!
お膝の上で丸くなったり、首元をごろごろと撫でられたり。
夜は一緒のベッドで寝ちゃったりなんならお風呂も一緒に……あわわわわ!!
い……いかん。このお兄様は刺激が強すぎる。深呼吸しよ深呼吸。ふーっ、はー……。よし、ちょっと落ち着いた。
「……私の話は深呼吸が必要なほど刺激的だったかね? メルクリス」
「はい、王都には海がありませんから。海に面した都市はどのように発展していったのかと現地の歴史に思いを馳せていたら、少し興奮しすぎてしまったようです。お話の邪魔をしてしまい申し訳ありませんでした」
座ったままで頭を下げる。
先生のお仕事中に不埒なこと考えててごめんね。
滞りなく授業が再開されるのを待ってから思索に耽る。私は王子様と、これからどのように付き合っていけば良いのかと。
とはいえ、学院では極力関わらない、聖女と神殿騎士団筆頭としての立場なら私の方が上な事とかを考えると、特別に気を使ったり使われたりすることなく無難に対応していくしかないんだろうな。
お兄様から「どうしても嫌だったら言ってね」とは言われたけど、お兄様が選んだってことは必要な人材なんだろうし。
「念の為、二人きりにはならないように」ともお兄様に言わせちゃうくらい信用ないのに、それでも最終的には私の傍に置くことを選ばせたってのは割と凄いことだと思う。
まあ私個人としては、ヒースクリフ王子のことは別に嫌いじゃあない。
嫌いじゃないけど、王子様って肩書きだけで若干萎縮しちゃうのと、あとなにより今までの出来事がね。ヒースクリフ王子が絡むと私に不幸が舞い込む印象がとても強くてね。
王子様が悪いわけじゃないってのは分かってるんだけど、苦手意識みたいなのはどーしても持ってしまうわけさ。
……つまり、これから王子様と一緒に行動する機会が増えて、その日々の中で王子様由来の問題に巻き込まれることがなければ、多少は苦手意識が改善されていくかも……?
ヒースクリフ王子はアーサー君のお兄さんだもんね。私だって仲良くしたい気持ちはある。
あーでも、それでもまだお付きの子の問題があるか……。あの男子、神殿騎士団に入ってないってことはお兄様に認められなかったんだろうな。実際問題しか起こさなそうだし。
まあそれは私が考えることじゃない。王子様が説得するなりなんなりするべき事だ。私は知らん。
私がするべき事は、お兄様の望みをより正確に理解し、お兄様の負担に極力配慮した聖女業を遂行することだと思う。つまりは基本、お兄様にお任せってことだね。
できないことは、できる人に。
できることは、より簡単にできる人に。
私の役目は、私の能力を十全に運用してくれると信頼出来る人に、私の全てを託すことなのだ。
つまり簡単に言うと「全部お兄様の好きにしてっ!!」って事だね。やぁん、好きにされたい♪
はーぁ、今朝はお兄様と一緒に登校できなかったせいか若干お兄様分が足りてない気がする。早く学院終わんないかな。
今年の初授業は、そんなことを考えている内に終わっていた。
性格が悪いと自覚しつつも我が道を往く鋼のメンタル。
ただの開き直りとも言う。自分にはとことん甘い子なので。




