二年生になりました
長い休みが明けて、学院が再開した。
学院に向かう馬車にはお兄様に代わりアネットが同乗し、時の流れとままならない現実に叫び出したい気分にもなるが、人生とは別れがあれば出会いもある。そう、私は今日から上級生になるのだ。
つまり、初々しい少年少女たちに、思う存分お姉さんっぷりを発揮できるというわけだ!!!
私はソフィア。
偉大なるお兄様をその目で直接見られなかった新入生諸君には伝わりづらいかもしれないが、この世で一番カッコイイ人の自慢の妹。
困ったことがあったら何でもソフィアお姉さんに頼るといいよ! ふふふのふ!!
――なんてことを思ってました。
「あなたも新入生? どこのクラスになった? 良かったら一緒に行かない?」
「ねえ君、友達でも探してるの? 良かったら一緒に探そうか」
「……何やら見覚えのある姿だと思ったらソフィア・メルクリスか。下級生に混じって何をしている? 特に用がないのなら速やかに自分の教室へ移動したまえ。言うまでもないが、君は今年も特別クラスだ」
ちょっとは想像してたけど、現実は遥かに残酷だった。
下級生の中にも私より背の低い子が全然いない。
お陰で誰も初見で上級生だと認識してくれなくて、迷子の案内を申し出ても「ありがとうございます、先輩!」的な望んでいた反応は欠片もなく、逆に「詳しいのね! もしかして兄姉の誰かに着いて来た事があるの?」と私が上級生である事など考えもつかない様子。
こちとら丸一年通い慣れた在校生ですよ。
三人も案内したのに誰一人その可能性にすら思い至らないってどんだけよ。
同じく新入生の案内をしていたらしいリチャード先生も口にこそ出してなかったけど、私を見た時の反応が雄弁に語っていた。「お前、新入生に混じると見分けがつかないな」と。
余計なお世話だ。むしろ担任教師なら見分けろよ。挨拶しに行った時に一瞬だけ「ん? 誰だ?」って顔したの絶対忘れないからな。私は超絶美少女のソフィアちゃんでーすー!! けっ!!
そしてその絶望は、教室に着いても変わることは無かった。……いや。
別種の絶望が、待っていた。
「ソフィアだかわいー!!」
「えっ、ソフィア? わー久しぶりー! わー、全然変わんないねー!」
「おはよーソフィア! 今年もよろしくね!」
いの一番に抱きついて来るのはいい。予測してたし。
挨拶は大事だ。私も級友に挨拶を返す。
抱きつかれた不格好のまま返事をするのは若干心苦しいが、どうかご理解頂きたい。
だがな。…………だけどなあっ!
「……………………マリーネ。背、伸びた?」
「あ、分かる? うん! ちょっと伸びたよ!」
――クラスで二番目に背が低かった子の急成長は、私の心を折るには十分な威力を持っていたよ…………。
つーか他の子も、地味に……胸とか、髪とか。雰囲気が大人っぽくなってるような……。くっ。
荒れる心に蓋をして、暗闇の中に意識を沈める。
――他人は他人。比べる事の無意味さはよく知っているでしょう?
――でも、でもっ! 悔しいものは悔しいんだよおォォ!!
何故成長しないのか。なぜ私だけ、成長が止まっているのか。
小さい方がかわいいって? ああそうだろうとも、昔は私もそう思っていたさ。だけどねっ!?
……………………小さいままだと、お兄様のなでなでが一生、エッテたちと同列な気がするんだ。
いわゆる愛玩風なでなで。
いやね、これはこれでいいものなのよ?
愛しさも伝わってくるし、何より悦ばせようという意図がビンビンに伝わってきてそれはそれで幸せの極地のひとつであることに疑いの余地はないんだけど、時には恋人を愛でるように、溢れた愛情のままに身体が勝手に動いて……的な恋人風なでなでをされたい事もある申しますかハイ。欲張りなのは重々承知してるんだけどね。
大体私がでっかくなったってこのプリティーな顔は変わらないんだから確実にかわいいままだし。ならスラッと大きい方が色々お得じゃんね。
小さいことの利点といえば……あー。
…………身体の一部が小さくても、違和感がないこと、かな。
……………………やめよう。それは利点ではなく、逃避だ。
「ソフィアと会うの久しぶりだけどさっ。ソフィアも――」
クラス一の低身長との差を着々と広げている健やかな少女は、さっと私の身体を流し見て、焦りの感情を――浮かべない。
「相変わらず、めっちゃくちゃかわいーね!! ね、抱きしめていーい?」
「いーよー」
そーよね。こーゆー子だよ。みんないい子ねー。
盛り上がっちゃっていたずらが過ぎたり、過激な質問で困らせたりさせられるけど、みんな根は良い子なのだ。誰かさんとは違って。誰かさんとは違って!!
その誰かさんは、仲睦まじく再会を喜び合う私たちを密かに眺めながら、その顔にこんな文字をデカデカと踊らせていた。
『ソフィア。お前そーゆーことされてると余計にちっちゃく見えるぞ』
うるさいよカイル。顔がもううるさい。そのジト目をやめろォ!
よし、決めた。
この鬱憤はカイルで晴らそう。
見ていただけで難癖をつけられる悲劇の少年。
これもソフィアなりの愛情表現……なのかもしれない。




