産みの苦しみ
ヤバい。
大変だ。
大変な事実に気が付いてしまった。
やはりアネットは天才かもしれない。
でないとあんな気紛れで発した質問にこれほど完璧でエクセレントな解答をすることは普通できないだろうつまり神。アネットは私にとって発想の神だった。
とりあえず部屋の方向拝んどこ。なむなむ〜 、っと。
さて、なんで私がこれ程の興奮状態にあるのかというとだね。
アネットのお陰で! 遂に! 私の長年の悩みが解消されるかもしれないからなのだよ!!!
……ふふ、ふふふふっ!
この推察が正しければ、私は遂に、完璧な存在へと進化できる!
そう、さながらさなぎが蝶へと生まれ変わるようにっ! 究極の美の体現者となれるのだッ!!!
――順を追って説明しよう!!
まず私は、今朝の日課の最中、昨日お母様から聞いた「ヘレナさんが新たな魔法を作り出した」という話を思い出しながら、 「私もそろそろなにか新しい魔法でも作りたいな〜」などと考えていた。無気力に。特にやる気もなく。
結果は欲しいが、面倒が嫌いなこの私。
普段は望みを叶えるために勢いだけでガーッとやっつけちゃったり、逆に空いた時間でちょこちょこっと詰まった問題点を解決したりしながら新魔法を生み出している私は、偶には他人の意見も聞いてみようという気紛れを起こし、その時近くにいたアネットへと質問を投げた。新しい魔法の着想にでもなればという、ほんの軽い気持ちだった。
それがどうだい、アネットったら《植物魔法》という新たな可能性を示してくれちゃって。
これ、ちょっと考えただけでも実用面でも無茶苦茶使い易いってゆーか何にでも応用できる万能性の塊で、しかも浪漫視点で見ても派手さと優美とお母様受けさえをも兼ね備えたパーフェクト魔法だってことはもう誰の目から見ても確定的に明らかだと思う。つーか思え。思わなかったら馬鹿でしょ。今までこの素晴らしい魔法を思いつかなかった私も含めて!
そして何より感動的なのがだね。この魔法を使えるようになる過程で、私は至高の存在に到れる可能性があるということだよ。うふふ。
植物を自在に生み出す魔法。
それは即ち、植物を自在に成長させる魔法だと言うことなのだよ……ッ!!
そう、成長。成長だ!!
下手に実験できなかったせいで泣く泣く断念していたが、この《植物成長魔法》を実現したそのメカニズムを応用する事ができれば、私は究極の珠肌に至極の造形美を兼ね備え女神をも超越した美の化身へと進化する事が可能になるかもしれないのダッッ!!!
もう幼馴染の妹に身長を追い抜かされる心配をすることも無い。かわいがっている男の子に「チビ」とバカにされお姉さん扱いされないこともない、理想の美人に! 学院内を同級生と並んで歩いてるだけで部外者に「あの子供は?」と言われたりお兄様と歩いてる時に気を遣われて歩幅を合わせてもらったりする必要のない、一目見ただけでそのあまりの美しさに思考が停止するような、沈魚落雁レベルの絶世の美女に私はなるのだぁ!!
その為にっ、私はっ!! なんとしてもこの《植物魔法》を習得しなければならないのだけど!!
「ふぬぬぬぬぬ…………」
部屋に持ち込んだ植木鉢にかなりの全力で魔力を注ぎ込んではいるものの、一向に変化は見られない。
こんな状態が、かれこれ一時間は続いていた。
そろそろ集中力と……なにより、我慢の限界だった。
「なんでじゃー!!!」
「女子力はどうしたの?」
「なんでですのー!!!」
「叫ぶなと言っているのよ」
叫びたくもなるよ! 解決の糸口がいっこも見つからないんだもん! うんともすんともいわないんだもん!!
植物の発育に必要なものは、水と光。あと空気。それに土の栄養。
それらを準備し、用意は万端。
後は成長を促進させるだけ……その「だけ」で完全に詰まった。
成長の促進ってなんだ?
時間加速してもダメで、代謝の活性化もダメ。なら何をすれば成長する??
結論からいえば、一部空間内だけ時間加速するという小技を身に付けはしたものの、植物の成長を早めることは出来なかった。
この世界特有の魔力が関係してるのかとも思って時間加速しながら魔力を注ぎ込んでみたりなんてめんどくさい事も試したけど、それも効果なかったし……。
あと試してないのはなんだ? 庭師の愛情が足りないとかかな?
「その、植物を操る魔法というのは本当に必要なの? 私には、時を操る方が余程難解に思えるのだけど」
「両方使えるなら使えた方がいいでしょ」
人は諦めた時に成長が終わる。
逆に言えば、諦めなければ必ず成長するのだ!
あ、これ、もちろん人間性の話ね。
私の身長は諦めるとか関係なく確実に成長するので。
とはいえリンゼちゃんの言う通り、たとえ時間加速で植物が伸びたってそれは《時間加速》の魔法の効果であり、植物魔法とは言えない。
……とっかかりさえ掴めないの辛い。
これはまた時間のある時にやるしかないのかなー。今のままじゃどうにもならなそうだよね。
ぐぬぬぅ〜。
沈魚落雁
魚が泳ぐのを忘れ、雁が羽ばたくのを忘れるほどの美人を表す言葉。
決して、泳ぐ魚を見たらとりあえず沈め、空を往く雁を見たらとりあえず落とす野蛮な女性を指す言葉ではない。




