お土産製作
「……………………ふむ」
視覚とは、情報である。
人の目はそれほど優秀ではない。
色を識別したり、物の奥行を把握することは出来ても、マイクロミリメートル単位で正確に造形を認識することは出来ない。人として生きる為に必要の無い能力だからだ。
しかし私は今、その能力を限界まで酷使している。
石で作られた二つの彫刻を見比べて、どのような差異があるかを正確に知覚せんと試みている。
これは言わば挑戦なのだ。
期待の彫刻家ソフィアちゃんが生まれるか否か。今この瞬間に、その未来が掛かっている――かもしれない。
そのくらい真剣に頑張っている真っ最中なのです!!
◇
「もう、むーりぃー……」
諦めて力を抜けば、ポスッと軽い音を立ててベッドさんが身体を優しく受け止めてくれた。安心と信頼の包容力である。
はふぅん。ベッドちゃん好き好きぃ。枕ちゃんも好きー。
「そう。早かったわね」
私が寝具との愛情を確かめあっている間に、私の手から彫刻が抜き取られた。その下に敷いてあった布も引き抜かれた感触がしたので、今頃は細かい削りカスを捨てているんじゃないかと思う。いつもありがとうございます。
「結構頑張った方だと思うんだけどー?」
「いつもはとりあえずでも完成まではやるじゃない」
褒めてもらおうと言葉にしても努力賞さえもらえなかった。リンゼちゃんは案外厳しい。
「そーだけどぉ……。はあ、彫刻って難しいね」
やるせない感情を溜め息として吐き出しつつ、机の上へと目をやった。
そこには、私の手から抜き取られた彫刻が二つ。リンゼちゃんの手によって並べられていた。
ひとつはお土産として買ってきた栗鼠を象った完成品。
もうひとつは…………私が魔法で生成した石から削りあげて作った、……栗鼠? っぽいなにか、だ。
改めて並べて見ると品質の差が酷すぎる。
模しているのは分かるんだけど、完全に子供が作った練習作品といった様相だ。
あれをお土産品として渡すのは失礼すぎるし、私の羞恥心的にも遠慮したい。
自分の想像だにしなかった不器用さに、ちょっぴり泣きたくなっちゃうレベルだった。
「あれは彫刻とは呼ばないと思うわよ」
えー、そうかなぁ。石削って作るなら彫刻だと思うんだけど。
確かに魔法の訓練も兼ねて風の魔法でゴリゴリと削る方法は一般的ではないだろうけど、普段の石をぐんにゃりと整形するやり方よりはよっぽど彫刻寄りだと思う。
まあその些細なこだわりのせいで、こんな出来になっちゃったんだけど。魔法ドリルでの彫刻はちょっと難易度が高めだったね。
砂粒を極小範囲で高速旋回させることで狙い通りの掘削力を得る事は出来たけど、風の制御がありえないくらい大変だし、その割りに削り口もあんまり綺麗には出来ないしでいいとこ無し。完全に魔法の訓練に比重が傾いた時間だった。
正直に言うと、私ならもう少しマシな物が作れると思ってました。初めは下手っぴでも、少し練習すればすぐに上手くなると……。
いやはや、やっぱりプロってのは違うね! あの石屋さんは趣味でやってただけだけどね!
「うう、アネットへのお土産も買っとけば良かった……!」
もおー! と枕に顔をうずめながら考える。私はこれからどうすべきかと。
既にお土産は家に届いてた。使用人のみんなに渡そうと買ったお菓子を少し分ければいいのかもしれないけど、アネットが家に住むことになったお祝いも兼ねてもっと特別感のある物を贈りたい。その点、商売繁盛の栗鼠の置物は最適な選択だと言えるのに……ッ!
やはり買ってきた片方をアネットに……? するとアイラさんへのお土産は?
あの二匹はお母様とアイラさんの仲良し姉妹のイメージにぴったりだと思って用意したのに、その前提を崩しちゃうの……?
どうするべきかと頭を悩ませる私に、リンゼちゃんの声が。
「あら、諦めるの? アネットさんの反応を見ている限り、あなたの手作りならとても喜ぶと思うのだけど」
そうなんだよねぇ〜……。
でもあの子、結構良い物見てきてるから、審美眼が……。私のお手製じゃとてもとても……。
「いつもどおり石を変形させればいいじゃない。あのやり方だと何か不都合でもあるの?」
「それだと私が彫刻下手だって認めたみたいじゃん!」
「事実でしょう」
今は事実でも、練習すれば上手くなるかも知れないでしょ!!
うう、でもでも、あまり練習に時間をかけすぎるのも……お土産って、帰って来てから何日までなら有効かなあ……?
…………とりあえず、もう一個彫ってみてから考えよう。二回目なら多少上手くいくかもしれないし。
もしそれでもダメそうだったら、その時は……普通に変形魔法で作ろう。うむ。
色んな経験を積むのは、悪いことじゃないもんね。
ソフィアさん。
普通、石は、変形しない。
それは、普通では、ない。




