人肌には鎮静効果があるようです
妹は、兄に甘えるものだと思います。
――というわけで、私はもう開き直って、お兄様に甘える事にしました。
気持ちお兄様の身体に隠れるようにしながら。お兄様と手を繋いで。平常心。
これいつも家でやってることですしおすし。別に恥ずかしくなんてないですし? にぎにぎ。
……ミュラーやカレンちゃんの視線が私の顔に固定されているのは、決して私の顔が赤くなってるからとかじゃなくて。きっとあのー、ほら。お昼ご飯のスープが顔に付いてたとかじゃないですかねきっと。はははー。
…………恥ずかしいからそんなにマジマジと見ないでッ!!
「なあソフィア。恥ずかしいならそんなくっつかなきゃいいだけなんじゃねえの?」
見かねたカイルが呆れた様子で言ってくるが、ヤツは何も分かっていない。
あのね、いいかい。女心の分からないカイルくん?
どれだけ恥ずかしくても、女の子っていうのは、好きな人をできるだけ近くで感じていたいものなんだよ?
その点お兄様はとてもよく分かっていらっしゃる。
何を言われても恥ずかしくなる私の状態を正確に理解し、ただ黙って傍に寄り添い、優しい笑顔と温かさだけをくれる。
もうね。さっきからドキドキが止まらないんだよね。
私はこれから先の人生で、あと何回、お兄様に惚れ直す事になるのだろうか。
心臓が持たない予感しかしない。
「ソフィアー、いつまで二人だけの世界作ってるの? 私、今日のこと結構楽しみにしてたんだけどなー」
「静かなソフィアもかわいーけど、もっといつもみたくおしゃべりしよ!」
ミュラーとネムちゃんに誘われて、私は外の世界へと目を向ける。
そこでは文句を言いつつも楽しげな様子の二人が、共に座っている長椅子に私が座れるだけの空間を作って手招きしていた。
「行っておいで」
「……行ってきます」
お兄様に一言告げて、絡ませていた指を解く。
……手が離れる瞬間には寂しさを覚えたけれど、私の手に残った熱は、お兄様の存在をとても近くに感じさせて――おっ?
「わっ、とと」
「はい、いらっしゃい」
「いらっしゃい!」
二人の前に移動し、ミュラーに思いのほか強い力で手を引かれれば、私の身体は二人の間にすっぽりと収まった。
その途端、片側からむぎゅうと圧力。
ネムちゃんが身体ごと私の胸に顔を押し付け、そのままの体勢で見上げてきた。
「んー、ふふー♪」
楽しげな声音。ぐりぐりと押し付けられる頭がくすぐったい。
ネムちゃんは何度か同じ行動を繰り返した後、くりりんとした瞳でじっと私の顔を見つめ、すぐに破顔。つられた私も思わず笑顔になってしまった。
うーん、相変わらずかわいい。
ネムちゃんは突飛な行動も多いけれど、この笑顔を見てると全部どうでも、よくなっちゃうんだよねぇ。
「ソフィア、すっごくドキドキしてるね!」
「そういう事はバラさないでね?」
嘘ですごめん。どうでもよくないこともありました。
違うの、違うのよ。
これはかわいいネムちゃんに甘えられて興奮していたとかではなく、超絶カッコよかったお兄様へのドキドキがまだ継続しているというだけの――ってそれが恥ずかしいんじゃー!! なんでバラすの!!
すぐさま俯いて赤くなっているだろう顔を隠し、ネムちゃんのほっぺたをつまんで抗議の姿勢。むにむにむにょーんと弄んでもネムちゃんは喜ぶばかりで反省の色はなし。お、おのれぇ……。
意識しないようにしつつも、お兄様のいる方向からの視線を感じた気がしてなんとなーく顔を背けてみれば、視線を逸らした先で運悪くカレンちゃんの視線とごっつんこ。完全に目が合った私たちはお互いに硬直するも……。
口元を可愛らしく覆い隠したカレンちゃんは、そのまま目だけでお兄様のいる方向と私の顔とを交互に観察。何かを理解したように一瞬だけ瞳を瞬くと、次の瞬間には輝きを増した瞳で私に向かって高速でコクコク。その表情から伝わる意図は『ソフィアの気持ちはちゃんとお兄さんにも届いてるよ!』。
……やめて照れ死ぬ。
言われなくても、さっきのやり取りの時点でもうお互いの気持ちは完全に理解していた。それが分かってるからなおさら恥ずかしいんだからね!!
「今日のソフィアはいつも以上に可愛いわね」
「ああ、実に愛らしいな」
「お前ら容赦ねーな」
うう、今日のミュラーはいじめっ子だ。
その分カイルの毒が少ない気がするけど、アイツはそーやって油断させるのが常套手段。気を許してはいけないのだ!
「うう。ううう。ううううう」
「むい。むいゆ。むむむいにゅー」
恥ずかしさのあまり、ネムちゃんのほっぺたをむーにむに。動かす度に可愛い声。
く、くそう。楽しい。柔らかい。ネムちゃんめえぇ!!
「むもぁー。もあー。むももーもにゅ」
「あ、あの、ソフィア。そのくらいで……」
もにもにもにもにもにもにもにもに。
揉めば揉むほど気が楽になる。落ち着いてくる。
はあ〜、これいいわあ。……癒されていると。
「ん?」
頬に感触。
触れていたのは、ネムちゃんの手。
「……ひ、ひまっは!」
――ほっぺた大戦争の始まりであった。
「……いいな」
「………………」
この場に集った中で唯一ソフィアの頬に触れたことの無い王子様の独白は、カイルだけが聞いていた。




