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アネットと日課


「およ。おはよー」


「おはようございます、ソフィアさん」


 天気の良い朝。まだ早朝と呼べる時間。


 今日からまた日課の運動を再開しようと外に出ると、そこにはなんと先客がいた。


 昨日から我が家に住まう事になったアネットである。


「あ、名前呼びしてくれる気になったんだ? ふふ、ありがと。私ってなーんか変な名前で呼ばれることが多くてねー……」


「形式上とはいえ、義妹となった人を様付けでは呼べませんから。心の中では今でも『ソフィア様』と畏敬の念を込めて呼ばせてもらっていますから安心してくださいね」


「あははははー。やめてね」


 うーむ、中の人は相変わらずだなー。


 この(へりくだ)った感じさえ無くなれば、私の事をリンゼちゃん並に知っているこの人はとても話しやすい相手になると思うんだけど……世の中ってままならないね。


 でもアネットの方からこうして過剰なくらい下手にでてくれるからこそ、私の方も気兼ねなく話せるという側面がないとも言えない。これはこれでアネットなりの優しさの形なのかもしれないと思えば、呼び方や話し方が堅苦しいのくらいは我慢もできる。


 もちろん、できるなら普通に話したいけどねー。


 有り難さと同時にどうしても抱いてしまう罪悪感を極力表に出さないように注意しつつ、私はアネットへと感じたままの質問を投げかけた。


「もしかして、私のこと待ってた?」


「ええ。私も朝の運動を日課としているとロランド様に伝えたところ、それならソフィアに案内してもらうのが一番だ、と」


 ほ、ほほう。それいつ聞いたのかな? 夜かな? 昨夜ベッドの上で聞いたとかかなあ??


 思わず攻撃的な面がにょっきり生えてきそうになったのを意志の力で封じ込め、私は理性あるお兄様の妹モードへと意識をカチリと切り替えた。


「そっか。なら一緒に走ろうか。あ、でも私、最近サボってた分も今日は走るつもりだから、飽きたら先に適当なところで切り上げてくれていいからね」


「分かりました」


 うん、やる気に溢れた良いお返事だね。

 返事の内容とは裏腹にまるで切り上げる気がなさそうなところを除けば完璧かな!


 まあアネットなら私の日課のことも知ってるし、魔力が続かなくなれば勝手に脱落するでしょう。


 体格の差からくる基礎体力の差だって、同い年ってことを考えればそんなに違いはないだろうしね。



◇◇◇



 ――そんな考えが甘々だったと気付いたのは、いつものコースを三十周くらいした辺りだったかなー。あはは、走るのに夢中になりすぎて周回数とか覚えてないや。


 身体強化を掛けたままでは筋肉は鍛えられない。


 けれど身体強化を切ったままでは動きの訓練にならない。


 だから私の言う「運動」とは、肉体に一番負荷のかかる一瞬だけ特定部位の身体強化を繰り返す、肉体と魔法的な訓練を兼ね備えたハイブリッドな「運動」なのである。


 静止状態から最高速へ。最高速から急制動。


 そんな生身でやったら筋断裂でも起きそうな無茶な駆動も含めて、割とハードめにやってたつもりなんだけど……。


 アネット、まだ着いてきてるんだよね。体力スゴすぎなんだけど。


 もちろん走るのに魔力は使っているし、私みたいに一歩間違えれば肉体が壊れそうな動きはしていないけれど、私の無軌道な動きと走る速度に遅れず着いてこれてるってのは素直に賞賛に値する。


 私も少し息があがってきたので、一旦休憩をとる事にした。


「…………ふぅー。アネット、すごいね。正直着いてこられるとは思わなかったよ」


「……はっ、……っはぁ。……っ、私も、こんなに疲れるとは、思ってませ、んはぁっ、でした……」


 息は辛そうだけど、まだ魔力には余裕がありそうに見える。

 それはつまり、アネットの魔力運用がものすごく効率的だということだ。


「魔力の扱いに全然無駄がない。そういえば運動が日課だって言ってたね。何か特殊な訓練とかしてるの?」


「ええと、あの……っ、はぁ。実は、アネットによく、空の散歩を強請(ねだ)られてまして……」


 ほう、空の。


 まあ確かに、空を飛ぶのは気持ち良い。

 ある日突然空を自由に飛べるようになったなら、高空からの景色を楽しむのはもちろん、どれだけ高く飛べるのかとか、どれだけ早く飛べるのかとか、そういった事を試したくなるのは当然の感情だと思う。


 そして気温の急激な低下や気圧の変化、空気抵抗や大気の影響をモロに受けて、死ぬほど焦るまでがセットなんだ……。


 あの頃は私もまだ魔力の増殖とかできなかったからね。


 魔力が尽きたら死ぬしかない状況下で次々に襲いかかる生命の危機。

 人は命が脅かされると限界を超えた力が出せるということを、私はあの時に学んだものだ。


「それは……上達もするよね……」


 しみじみと共感する私を見て、アネットは苦笑していた。


「あ、あはは……。……ソフィアさんの想像しているような事は、していないと思いますけど……」


 小声での訂正。

 けれど私の意識は既に、暖かい陽射しを注ぎ始めた空に移り変わっていた。


 …………久しぶりに最高速度で空、飛んでみようかな?


その頃アネット本来の人格はといえば。


「(Zzz...)」


身体の中で未だ、惰眠を貪っていた。

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