待望の散策タイム
本日の午前中はお父様があちこちで指示出ししてるのを見てましたおしまい。
いやごめん、こんなのって良くないよね。
本当は分かってるのよ? ちゃんと真面目に見るべきだったって。
やる気満々で外に出ようとして「書類を忘れてます」とエンデッタさんに指摘されるくらい空回りしてたり、他の部下の人に「今日は随分と気合いが入ってますね?」と揶揄われてもキリッとした顔を崩さず維持し続けていたのだって、全ては私にいい所を見せたいが為だって分かってはいるんだけど、無理なものは無理だもの。こればっかりは許して欲しい。
午前中、お父様と一緒に街のあちこちを回った私は、これ以上ないくらいに上の空だった。
いや実際ね、スマートに仕事をこなして「今の格好良い俺の姿、見てたか!?」と振り返ったお父様が余所見しまくってる私の姿を見てしょぼーんとしてたってのはとても罪悪感が刺激される事ではあるの。
悪いことしたなぁ、次はちゃんと見ていてあげなきゃってその時は思うんだけど、街に溢れる誘惑を前にするとどーしても目がそっちにいっちゃうのよね。
まあこの件についてはお父様の自業自得な面も大きいんだ。
いや言い訳とかじゃなくてね。
一応旅行という名目で来ているのにお父様と街を堪能したいからという理由で街の探索をずっと我慢してきた私に、お父様ったら朝の段階で「今日はソフィアが待望のー……街の観光をするぞ! 午後からは一緒に街巡りだ!」なんて宣言ちゃうんだもの。そんなの午後まで時間がスキップしちゃうのも当然だと思うの。
午前とか午後までの待ち時間だよね。
あるいは街並みを直接目で見てどのお店に行きたいかの予定を立てる準備時間かな?
朝食の後、ダッシュで昨日の隊長さんに会いに行ったおかげでこの街おすすめのお菓子屋さんも聞くことが出来たし、ついでにおすすめの服飾屋さんなんかも一応聞いといた。準備はすでに万端である。
前世という文字通りの別世界で多種多様なお店を見てきた私にとって、お菓子はともかく洋服や装飾品で私の好みに合致する物は王都でだって希少だったけど、もしかしたらという期待は捨てきれずにいる。旅行というのはそういった期待感が楽しみの大半を占めていると思う。
それに一番の目的はお土産なのだから、別に私の好みに合わなくたっていい。ただ目新しい物があればとても嬉しく楽しい気分にはなれると思うので、その点だけは期待もある。期待しすぎて落ち込む可能性の方が高そうだけど、だってこれは旅行だもの。期待せずにはいられない。
お仕事の為に移動を繰り返すお父様の後をついて回りながら、あの外観がオシャレなお店はなんのお店だろうかとか、今すれ違った人の帽子は悪くなかっただとか、そんなことを考えながら過ごしていれば、時間はあっという間に過ぎていった。
あ、今日の昼食の焼きキノコも大変美味しゅうございましたよ。
「さて、ソフィア。どこか行きたい場所はあるか?」
「はい! まずは来る途中右側に見えた赤い屋根のお店に行きたいです!」
尋ねるお父様を追い抜き、街の雰囲気を全身で感じながら晴れ渡る青空を仰ぎ見た。
わっしょい♪ わっしょい♪
街を自分の足で歩くのは楽しいなあ〜♪ と弾む気持ちを表現するように靴底で軽快な音を奏でる。
カツ、カツ、カカッとテンポを刻みながら歩いていけば、先程マークしておいたお店第一号はすぐ目の前に現れた。
「ここですっ」
「……ここか?」
「ここは石屋では?」
ほうほう、石屋!?
なんとエンデッタさん、この一風変わった趣きのあるお店の正体をご存知らしい。
他のお店の倍近く横に長い独特な扉とか、店先に花壇があるオシャレ感からビビッと好奇心センサーが反応したんだけど、石とはつまり宝石だね!? オシャレの最先端をゆく宝石屋さんなんだね!?
自らの勘だけで目的に合うお店を見つけちゃうなんてさすがは私! すんごぉい! と意気揚々お店に入ったところで私の思考は停止した。
「あん? なんだあんたら、何かうちに用かね」
店。店か。かろうじて店ではあるかも。
店内を埋め尽くすのは煌びやかな宝石の並ぶ商品棚などではなく、砂や埃の穢れた空気。そして床に転がされた大量の岩石。
これあれだ。墓石とかレンガとか売ってるトコだ。マジで石屋だ。てか作業場だ。
あ、でも動物の彫刻とかもある。しかも結構センス良いかも。
「こちらの商品に興味がありまして。少し見させてもらってもよろしいですか?」
「え、見るのか!?」
お父様が信じられないと声を上げた。エンデッタさんも驚いた顔をしている。職人さんも訝しげに私を見ている。私は首を傾げた。
え、だってここ店なんでしょ? 石、売ってるんじゃないの? 買い物していいんだよね?
宝石はなくともインテリアか自作ゴーレムの材料くらいはありそうだと思ったんだけど。私の認識は何か間違っているんだろうか。
あ、それとも、生産工場に直接買い付けに来た非常識さに驚かれてる系? だとしたら悪い事したなぁ。
「上の空なうちの娘もかわいいな」
(親バカだ……)
(親バカだけど分かる……)




