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ミュラー視点:折れない剣


 私は、美しいものが好きだ。


 だから私は、強い剣が好き。


 お爺様の剣には無駄がない。

 剣と体が一体となって動く様はそれがひとつの生き物のようで、完成された美があると思う。


 だから、初めてソフィアの剣を見た時は驚いた。


 あの子の剣はお世辞にも綺麗とは言えない。けれど目を引く何かがあった。


 それはきっと、目的を定めた者の剣。

 迷いのない自信に裏打ちされた、揺らがない信念の剣。


 お爺様の美しさには遠く及ばないはずなのに、ソフィアはその剣で、お爺様に膝をつかせて見せた。


 あの日から私は迷い続けていたのかもしれない。


 私の剣は、ソフィアの剣に勝る輝きを放てるのだろうか……と。



◇◇◇◇◇



 強さは正しさだ。


 だから強さを証明さえできれば、私は自信を取り戻せると焦り……そして、失敗してしまった。


 関節の壊れる感触。


 手に伝わったソレは、紛れも無く、かつて経験したことのあるものと同種のもので……それが頭部から感じられるとはどういう事かと理解して、私は我も忘れて泣き叫んだ。


 友人をこの手で殺してしまった。


 その後悔は勘違いだったとすぐに判明はしたが……私は剣を人に向けるのは怖い事なのだと、改めて実感してしまった。


 剣の振れない剣姫に価値などない。


 価値を失ってしまった私はこれからどうすれば良いのかと苦悩していると、あの日の鍛錬後に、その人は私の元へ来てこう言った。「君の悩みを解決しよう」と。


 彼の名はロランド。

 友人の敬愛する兄にして祖父が剣術を教えている生徒の一人。


 そして――強さに重きを置くあの祖父や父が一目を置く、剣以外の強さを持った人物だった。



◇◇◇◇◇



「はあっ!」


「……遅いです」


 木剣を持つ手を叩けば容易に得物を取り落とす。彼の握力は限界だった。


 いや、握力だけじゃない。


 腕は上げるだけで震えているし、踏み込みにももはや力強さは見られない。

 息は荒く、呼吸をするだけでもとても辛そうにしているし、私の動きもまるで目で追い切れていない。


 地力の差だけでも隔絶しているのに、これだけ疲弊していては万が一すら起こせないだろう。


 それは本人も分かっているはずなのに、彼が自ら止まることは無い。まるで諦めなければ可能性はゼロではないとでも言うかのように、何度打ち据えようと、何度地に転がそうと、意志の力だけで立ち上がっては向かってくる。


 ……お爺様も、早く止めてくれれば良いのに。


 そう思いながら、打ち、叩き、払い、突く。


 立ち上がれなくなるまで、延々と。


 もう立ち上がれないよう、延々と。


「……そこまでだ」


 今日もまた私の勝利。……そして、私たちの望みの敗北だ。


 勝てるわけがない。ロランドさんと私にはそれだけ力の差がある。お爺様は初めからロランドさんを認める気なんてない。もうお爺様の事はいいからと、何度もそう訴えた。


 けれどロランドさんは諦めようとはしない。


 辛い事をさせてごめんと。もう少しだけ付き合って欲しいと謝るばかりで、お爺様の出した条件を不可能事だと諦めてはくれない。


 ロランドさんは正式な手順を踏んで私を騎士団から引き抜いた。


 お爺様以外の家族だって納得している。これはお爺様の我儘(わがまま)でしかないのに。


 どうしてそんなに頑張れるのかと聞いた私に、以前彼はこう答えた。


「ソフィアの周囲に不安の種を残したくないんだ。まあ、残したところで問題もないんだろうけど……つまりは僕の自己満足かな」


 動けるのが不思議なくらい、ボロボロの姿で。

 それでも心だけは、いつだって真っ直ぐで。


 弱い剣。折れないだけの剣。


 実力に見合わない、無理な願望に必死に縋り付く姿は、お世辞にもに美しいとは言えない。


 だというのに、私は。


 何故美しいものを見た時と同じ感動を、この胸に感じてしまっているのだろうか――。



◇◇◇◇◇



 油断はしない。もう二度と、あんな事を起こしたくないから。


 だから彼は、私には勝てない。


 ロランドさんには恩がある。ソフィアにだってそう。

 それでも、わざと負けるなんて真似は、私には出来ないから。


 彼の望みを叶えるには、彼が実力で私に剣を届かせるしかない。


 挑戦される側になって知った事だけど、一撃も貰ってはいけないという条件は、実力差があればなんの枷にもならない。


 何も考えなくとも、打てば当たるし、避ければ(かわ)せる。


 だから変な動きにさえ気をつければ、奇策も効かない。


 今日もまた勝っちゃうな……と考えていた時、彼が動いた。


 最近よくしてくる動き。

 剣を剣で押さえ込もうと、力任せにぶつかってくる。


 それをいなして、剣を持つ手を打てば――っ、!?


 予想外の事態に素早く飛び退る。彼はその動きに、ついてこれない。


 何も危なげはない。むしろ隙を晒していたのは彼の方だ。なのに――私の鼓動が、早くなっていた。


 そんな私の様子を見て、彼は何か確信を抱いたように見えた。


「……何を、しました?」


「僕は何も。でも……これだけじゃあ、届きそうにないね」


 隙があった。でも、打てなかった。



 ――弱い剣。折れないだけの剣。



 その剣は、今はまだ私には届かない。


 けれど、もしかしたら――


ソフィア「剣の輝き……なるほど。目眩し剣だね!それは効果的かも!」

フェル「キューウッ!」

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