ロランド視点:願いと現実
「じゃあアネット。そういうことでよろしく頼むよ」
頼れる婚約者に声を掛け、最後に受け取った袋も荷台の箱の中へと詰め込んだ。
箱にぎっしりと詰まった医療品や疲労回復剤の数を思うと、我ながら変な笑みが出る。人の身体は存外丈夫だ。
「あの……無理はなさらないで下さいね」
これらが誰に使われるかを知っているアネットが、思わず、といった様子で心配の声を上げるが、本人もそれが意味の無い言葉だと知っているのだろう。返事を聞く前から心配の色が増した。
「それは無理な相談だね」
分かりきった言葉を返し、別れに手を振り馬車へと乗り込む。
――本当に、それだけ楽ならどんなに良かった事か。
僕の望みは果てしない高みにある。そこに至る道筋すら見えない程に。
無理をした程度で近づけるのなら安いものだ。
◇◇◇◇◇
カレン・ヴァレリーの件は片がついた。となればミュラー・セリティスも恐らく、こちら側に付くだろう。
それだけでも充分、上出来ではある。
この時勢にこれだけの戦力を抽出できたのは奇跡に等しい。
だが今後の事を考えるとやはり、剣聖と敵対したままというのは、あまりにも……。
王城の一室で情報の整理をしながら思考を重ねる。
利益と損失。将来性と失う伝手。
情報操作で何とかできる範囲と、暴走された時の被害範囲の予測を立てて、事前に味方を……。
ヒースクリフが僕を訪ねてやってきたとの報せが入ったのは、そんな時の事だった。
「やあ、ヒース。今日はどうしたんだ?」
意識して明るく接してみたのだが、ヒースには呆れられてしまう。
「どうしたもこうしたも……ロランド、今の自分の姿を自覚していないのか?」
王子ではなく、友として自分を心配する顔を見て、言葉の意味を悟った。
……やはり誤魔化せないか。エッテがいない影響は想像以上に大きいらしい。
「問題ない。自分の体調の管理くらいできるさ」
「とてもそうは思えないから言ってるんだ」
問答をしたところで意味は無い。
無理を止める気は無いが、倒れるまで休まずにいる気が無いのも事実だ。
「それで、用件は――」
「なあ……なんでお前は、そんなに頑張れるんだ? お前とソフィアは、ただの兄妹でしかないんだろ?」
何を今更、と無視する事も出来たが、ヒースの真剣な顔を見て思わず言葉を止めてしまった。
……この王子様は、本当に気構えだけは悪くないんだよな。
その姿勢を好ましいと思っているから、俺も答える気になったんだろうか。
「…………ヒースは、両親に言われた事はないか? 『男なら女の子を守らないとな』って」
「……まあ、似たような事は」
まさかまともに答えるとは思わなかったんだろう、ヒースが狼狽えているのが分かる。
今までの対応を考えれば当然の反応だが……うん。やっぱり普段通りじゃあ、ないよな。これが済んだら少し休むか。
けど、ヒースクリフも力をつけた。
覚悟を持たせるにはいい機会だったのかもしれない。
「なら、ヒースクリフ。お前は断言できるか? 今のお前の力で、ソフィアを必ず守れるって」
「もちろんだ! 俺は必ず、ソフィアを守ってみせる」
力強い、決然とした覚悟を鼻で笑う。
……これだから、コイツにソフィアは任せられないんだ。
「覚悟なんか聞いちゃいない。神や女神と敵対した時、ソフィアを守れる想定をしてるのかって聞いているんだ」
「神……女神!? そ、それは……」
「相手が大きすぎるか? なら災厄の魔物ならどうだ。お前の両親、王や王妃に敵対する可能性は考えたのか」
ああ、やはり俺は疲れているな。ここまで話すつもりなんてなかったのに。
やはり一度家に帰って休むべきだ。
今日だってここが済んだら装備の手配に人員の面接に、ああ、剣聖との話し合いも必要だな。それから……。
「ちょうどいい。ヒース、ここの仕事を任せていいか。分かるものだけで構わないから」
言葉を失っているヒースに雑務を割り振る。
人の意識に衝撃を与えて思考の誘導をする事で、記憶に残る印象を操作する……この手法も、元はソフィアの知識だったか。
守りたいと願う少女の姿を思い浮かべて、思わず笑みが零れた。
「……本当に、男の子をするのも大変だよな」
ヒースにも聞こえるように声を出しながら、帰り支度を整える。
「実際の脅威から守る為にはどうしたらいいのか。……もっと深く考えた方がいい。気を抜いたら、知らない内にこっちが逆に守られてるくらい……女の子ってのは強いんだからな?」
守るつもりが、守られて。
助けるつもりが、助けられてて。
完璧にできるなんて思っちゃいない。そんな幻想は抱いていない。
ただ、遥かな高みにある彼女の、ほんの手助けができるように。
足でまといにならず。足枷にならず。
せめて彼女に、安心して休める場所をと目標を定めて。
せめて、せめてと。そんな僅かな願いですら、無理を重ねてようやく届く。
――僕にはきっと、ソフィアを守る事はできないだろう。
心のどこかで理解はしても、それが諦める理由になりはしない。
だって、ソフィアが僕を必要としてくれている。
……妹の期待に応えるのは、いつだって、兄の役目だからね。
他家に嫁いだお姉様がアップを始めたようだ……。




