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静かな朝と、昨夜の反省


 着替えを済ませ、意識がはっきりしてくると、ここは家では無いのだという実感が強くなる。


 外から聞こえてくる聞き馴染みのない人の声。

 その他にも、部屋にいるだけで届く音や匂いの全てが違う。


 特に大きな違和感となって覚醒を促すのはやはり、自室ではありえない距離から聞こえてくる街の喧騒だろう。寝室のすぐ外を知らない人が歩いているというのはなんとも言えない居心地の悪さを覚える。


 ……前世では、それが当たり前だったのにね。私もすっかりお貴族様に馴染んだものだ。


 まあうちの家格であんな広い敷地持ってるのはおかしいらしいけどね。カイルがよく「ありえねえ」って羨ましがってたっけ。懐かしい。


 日当たりの良い窓際を一瞥して、机にそっと手を置けば、くすぐったい感触が腕を伝って肩へと到達し、背中側に尻尾を垂らした。


「おはよう、エッテ。顔洗いに行こっか」


「キューイ」


 答える声はひとつ。それが酷く寂しく思える。


 机の上に置かれた籠にフェルの姿はなく、次いで目をやった枕元にも、メリーとマリーの姿はない。


 毎日何気なく過ごしていた当たり前の日常が必ずしも当たり前ではないという当然の事実に、少しだけ寒気を感じた気がして、身体を覆う空気を温めながら部屋を出た。


 ……やっぱり、フェルがいないと右肩が寂しいな。


「キュイー?」


「ん、なんでもないよ。行こっか」


 思えばエッテと二人きりというのも珍しい気がする。エッテは最近、お兄様にべったりだったし。


 ま、たまにはこーゆーのもアリだよね。


 とりあえずお腹がすいた。

 せっかく顔を洗いに行くんだから、ついでにお父様かエンデッタさんでも探すとしよう。



◇◇◇◇◇



 ――今日も私の妄想はお兄様から始まる。


 昨夜お兄様と交わした言葉を反芻し、一音一句余さず再生できる事を再確認。


 脳内で今まさにお兄様からの念話を受信しているかのような精度で再生すれば、昨夜のやり取りをしている時の思考すら追想することが可能なのだ。



 ――やっぱりソフィアは優しいね。……本当に、優しすぎて困っちゃうな



 心に悲しみを秘めたようなお兄様の声。

 この言葉を受けた時、私はこのような感想を抱いた。



 ――え……優しいと困るの? なんでだろ。はっ! ま、まさか私の優しさを独占したい的な!? やーんそれ私こそ困っちゃうやーつ!! もっと困って困ってー♪



 阿呆である。

 誰もが認める、脳内お花畑のおっぺけぺーである。


 そりゃ憂いを帯びたお兄様は色気ヤバいよ? あの時は確かにエターナル鳥肌タイムで頭までニワトリになるかと思う程に性感をくすぐるお兄様の声に全身を支配されてて正常な思考なんかできなかったかもしれないけど、それでもあの場面で「お兄様ほどじゃないですよぅ」はない。機会の損失も甚だしい。お兄様に好感を持たれるどころか私の馬鹿さ加減を露呈しただけにしかならなかった。

 お兄様の海よりも深い優しさによって笑って流して貰えたのは唯一の救いかもしれないが、あのガードガチガチなお兄様が珍しくも晒してくれた心の弱さを前にあの返答はもう、ホント……自分のアホさ加減が嫌になる。次の千載一遇とかないよマジで。


 冷静になった今だからこそ分かる。あそこでの正解は「私が優しいのだとしたら、それはお兄様が優しいんです。私はただお兄様みたいになりたくて、お兄様の真似をしているだけですから……」と秘密を告白するように控えめに告げて、お兄様の共感性を高めておくべきだったのだ。もしくは「お兄様もお優しいですよ? その……私も困ってしまう、くらいに……」と照れを表に出して深い親愛と僅かな異性を感じさせ、ただの可愛い妹から最近気になって仕方がない愛おしい妹へのステップアップの糧とするべきだった。そのどちらもが狙える好機だったというのに、私は……ッ!!


 ……まあ過ぎた事は仕方がない。


 本当に最低最悪なら過去に戻ってやり直すことも考えるけど、お兄様の憂いを紛らわすくらいのことは多分できたと思うから、今はそれで良しとしよう。


 落ち込んでる時に能天気な子とか見ると悩みが馬鹿らしくなるあれですよあれ。


 正直お兄様の正ヒロインが取るべき行動じゃない気もするけど、お兄様の正妻になるアネットさんは私なんて及びもつかない能天気さなので、きっと私のボケ具合なんてまだまだ可愛らしいものと認識されているはず。……されてるといいな!


 なんだか深く考えると悪い思考にハマりそうな予感がしたので、そろそろ妄想の世界から抜け出すとしよう。


 現実へと意識を向ければ、何の変哲もない朝食の時間が続いていた。


 無意識に咀嚼していたパンを飲み込み、カチャカチャと食器が立てる音を聞きながらお父様へと声をかける。


「お父様。今日は何を見せてくれるんですか?」


「ああ、今日はな――」



 思考は浅く、感情は豊かに子供らしく。


 至高の妄想タイムですっかりいつもの調子を取り戻した私は、今日も元気にお父様とのお喋りに興じるのだった。




 あっ、朝のデザートはヨーグルトだったよ! 美味!


ソフィアの防御魔法は高性能! 汚れを一切受け付けないよ!


顔を洗いましょう→水を弾くよ

手を洗いましょう→水を弾くよ


洗うのとか本当は無駄だし全部浄化魔法で済んじゃうけど、手洗いとかはきちんと毎回しているらしい。

曰く「気分って大事」なんだとか。あと「印象も大事だから」とも言ってましたね。

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