やるべきことは
騎士隊長であるドミニクさんの話は、私の心に波紋を落とした。
増えた魔物。内情を大きく変えた騎士団。
現状を異常事態と認識しつつも、急増した魔物への見事な対応策を打ち出した国への信頼感からか、まだこれはなんとかなる事態だと受け入れてしまっている騎士団の人達。
私が災厄の魔物を倒した時のパレードでは、集まった人々の反応が随分と他人事だと感じていたけど、あの時はただ差し迫っていた危険を正確には認識していないからだと思ってた。災厄の魔物が本当なら国を滅ぼしていた存在だと気付いていない、知らないからこその呑気さだと、そう納得していた。でも、そうじゃなかった。
あれは災厄の魔物という間近に迫った脅威ではなく、謎の魔物増加の原因かもしれない存在の討伐に喜んでいた。そう考えれば、あの時点で誰も逼迫した生命の危機を感じていなかった事にも説明がつく。
……いや、一人だけいたな。あの時に危険を正しく認識してた人が、一人だけ。
とにかく。
今まで平和にぼけーっとして過ごしてきたこの国が、実は魔物の大量発生で大ピンチだなんて思いもよらなかった。ヒントとなる話は聞いていたはずなのに、現実と結びついてはいなかった。
それもこれも騎士の人たちの戦闘というものが言葉の響きから受ける印象以上に弱いものいじめに特化してたのが悪い。気分は詐欺にあった被害者だよ。
魔物には魔法でしかトドメが刺せないって知った時に「あんな遅い詠唱としょっぱい威力でどうやって倒すんだろ? 魔法剣士的な技巧派集団なのかな?」とか想像してちょっと楽しみにしてたのに、見事に想像の斜め上を駆け抜けていかれたよ。騎士の名を冠しておいてあんな集団暴行後に追い討ちかけるみたいな討伐の仕方するなんて想像できるか。
あんなのが主戦力なんじゃこの国の未来がやばそう。っていうか、既にかなりやばいことになってるんだったね。
公式には、魔物が増えている原因は不明。
とはいえ女神と交流のあるお母様ならその原因に行き着いていてもおかしくない。リンゼちゃんだって自分から広めないだけで、聞かれたらホイホイと答えてしまうことだろう。
なら、今の私に求められている、私がこれからとるべき行動は――。
◇◇◇◇◇
腕に力を入れて、そのまま身体を持ち上げる。
椅子に座った体勢をできるだけキープしたまま、机の上に置いた腕だけで身体を支える。そのまま十秒。力尽きた私は、椅子のありがたみを存分に堪能した。
「こういうの、自重トレーニングって言うんです。自分の体重を重石にしてるので専用の道具も必要なくて、空いた時間にちょこっとだけできていいんですよ」
「……私にはそれは難しそうです。ソフィアちゃんは凄いですね」
「これは体重が軽い方がやりやすいですから。他にも壁を使っての腕立て伏せとか、あと足を上げるだけでも――」
実演を混じえながらエンデッタさんにレクチャーしていく。
私用に貸し与えられた寝室は今、様々な家具を活用した臨時のスポーツジムへと変貌していた。
……まあ、家具を少し動かしただけなんだけど。
「椅子を二脚立てて、背もたれに手をついて、こうっ! 身体を、持ち上げた状態を維持したり、っと。こういうやり方もありますよ」
「それなら私にも出来そうですね」
いやね、国の危機とか明らかに私の手に負える範疇じゃないじゃん。と言いたいところなんだけど、正直魔物が問題なだけならなんとかなりそうな気がするんだよね。激しく面倒そうな予感はするけど。
だから帰ったらリンゼちゃんに話聞いてー、話の流れ次第ではヨルとかシンにも協力してもらってー、魔物一掃しちゃえばいいんだよね。
断られる可能性も高そうだけど、倒しても問題ないってお墨付きさえ貰えたらあとは私一人でもなんとかなりそうだし。
だから今は、今できる事を精一杯がんばるのです。
さて、ここで問題です。今の私にできる事とはなんでしょうか?
答えは運動です。運動なのです。
力強く何度でも断言しましょう。今できる最善は運動をする事なのです! エクササイズと言ってもいいね!
運動は健康の元。運動すれば元気になれる。
身体を動かすことで頭の働きも良くなって柔軟な発想や深い考察をすることも出来るようになるし、何より気分も明るくなって前向きな考え方まで出来るようになるとか利点しかないのに室内にある家具で簡単に多様な運動ができるとかこれはもうやらない理由が見つからないよね!
しかも運動すればついでに脂肪も取れてシェイプアップして胸も大きくなる可能性もあるとか完璧すぎて言うことなくない!?
唯一の不満があるとすればバストアップ効果には個人差があるとはいえちょーっとばかし効果が出るのが遅いんじゃないかなーってことくらいかな!? 胸どころか身長すら伸びないけどね! 成長期かむひあ!
「……意外と良い運動になりますね」
「なりますよー」
エンデッタさんとのんびり運動する午後。
世に蔓延る魔物なんていざ知らず。
今日も私の世界は、平和に包まれていたのだった。
「まだ諦めたわけじゃないから……。きっとある日突然、ドカンと成長するから……」




