心に巣食ったお肉の香り
「よし、仕事も一段落したし昼にするか!」
お父様の一言で、私の意識はすぐに昼食のことへと切り替わった。
より正確にいうのなら、昼食の想像をしていた思考が現実の昼食への期待にシフトしたと言うのが正しい。意識が昼食から昼食へと切り替わったのだ。
私に割り振られた仕事はとっくに終わっちゃってたから「今日のお昼ごはんはなんだろなー」なんて考えながらエッテと仲良く遊んでたんだよね〜。そーらそらうりうり。こ〜しょこしょ〜。
……ところで、仕事中にさ。部屋を訪ねてくる人が毎回毎回、やたら微笑ましそうな顔で私のこと見てきてたんだけど、アレってやっぱりそういうこと? 小さいのにお父さんのお手伝いして偉いね〜的な?
私ってそんなに幼く見えるのかな? 見えるんだろうね。まあ実際小さいしね。物理的には子供の範疇で間違ってないもんね。
でも私、こう見えてもう十三歳なんですよ。そろそろ成人と言っても過言ではない年齢なんですよね。
例え見た目が少女(小)だろうと同級生達からもれなく妹扱いを受けるサイズ感だろうと、実際には既に立派なレディーなんです。決してお子ちゃまじゃあないんですよ。
だからせめて一人くらいは歳相応に「若いのに見事な仕事ぶりだ」的な扱いとかして欲しかったのになんでみんな揃いも揃って生暖かい目で見てくるんですかねぇ!? これじゃあ頑張って仕事を早く終わらせた私が馬鹿みたいじゃないか!
もっと私を大人扱いして! やらなくてもいい仕事を率先して手伝う良い子だと褒めそやして!! 見た目だけで戦力外扱いしないでおくれよう!
……なんて思ったりもしてたんだけど、本当に大人扱いされて仕事をドドドンと積まれても辟易としそうだから、私にはこれくらいの扱いが丁度いいのかもしれないと思い直した。
今の見た目ならほら、ちょっと涙目にでもなれば容易に休憩時間とか貰えそうだし。ね。
そんな益体もないことを考えている間にお父様の片付けも終わったようだ。
「ソフィア、食べたいものはあるか?」
「とっ……お父様にお任せします」
来るな、出るな。消えよ頭の中の焼き鳥ども。
いくら窓から美味しそうな匂いが漂っていたからといってね、乙女は脊椎反射で肉に飛びついたりはしないんですよ!
「鶏肉パーティーと参りましょう」なんて淑女風に言い繕ったところで一度肉食系のレッテルが張り付いたらそう簡単には剥がれませんよー。多分だけど。
「そうか? なら、そうだな……どこか肉料理の美味しい店でも紹介してもらうか」
けれど、肉に齧り付かない清楚な乙女チャレンジは、食欲に素直なお父様の前では無駄な努力に終わったようだ。
そうよね、あれだけの匂いだもん。窓により近いお父様にもあの肉の匂いは届いてたよね。食欲にガンガン訴えかける美味しそうな匂いだったものね。
我ら親子はすっかり肉の魅力に侵されていた。
「そうと決まれば早速行くか!」
「はい!」
そうして、私たちは旅立つ。
至高の肉料理を求めて。
◇◇◇◇◇
美味しい。とても美味しい。
とても美味しくて文句の付けようがないんだけど、でも一つだけいいだろうか。いや文句とかじゃなくて。
これは肉料理じゃないよね。
「美味かったな」
「ええ、本当に美味しかったです」
本当に美味しいポトフでした。
ずっとこの街で働いているという隊長さんは本当に良いお店を紹介してくれてそれは心からありがとうございますなんだけど、いくらゴロッとしたお肉がゴロゴロっと入っていてもポトフは肉料理じゃないと思う。
野菜の旨みと肉の旨みの究極ハーモニーは至高の料理と呼ぶに不足はない絶品でしたけど、もっとこう、タレがべっちゃあ! 肉汁がでんでろりん! みたいな肉肉しい見た目の肉をこうね、ガブリといく、みたいなね。そんな料理を期待してたといいますか。
いやでもホント美味しかった。
もし別のお店を紹介されていたとしたらこのお店には出会えなかったと考えると、それはあまりに不幸な人生の損失に違いない。違いはないんだけど……。
くそう、文句なく美味しかったです!! このお店に不満は一切ございません!!
「とても美味しかったです……」
「ああ、びっくりしたな」
ねー。びっくりしたねー。でもなーんか不完全燃焼というかー。ねえ?
このもやもやはデザートで解消するしかないかな。うん、間違いない。
そう心に決めてお店を出たところで、前を行くお父様がピタリと立ち止まったので私も止まった。え、なに。おねだりしようとしたの気取られた?
「……この後、肉串でもどうだ?」
「食べます」
どうしよう、今ご飯食べたばかりなのにまだ食欲が止まりそうにないんだけど。
でも食べます! 肉串もデザートも食べます!
ソフィア、気の利くお父様だーいすき!
ソフィアは「小さいのは身長だ」と思い込む術を身に付けた。
他に小さい部位など存在しない。
いや胸が存在しないと言っている訳じゃなくて。




